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第五話1-1 『イクス』
 「俺が言ったから?」
 
赤城は踊り場の床に座り込んで、考え事を口に出していた。
 「
俺が言ったから・・・・・・なの・・・・・・かなぁ?」
 
腕を組んで『う~ん』と唸る。脳内の議題は『今の事態を引き起こした責任は自分に有るか?』、である。
 
魔女に『同志』と言われ、『私と同じ“遊び”を望んでいた』と言われた。赤城の性格では気にしない訳が無いのだ。
 
赤城は考える。
 「
まぁ確かに? 『遊びたい』とは言ったけどさぁ、俺がしたかったのはテレビゲームなんだよ。『モンハン』とか、『萌え二次』とか、そういう感じのやつなんだよ。こんなスプラッターなヤツなんて思ってないよぉ・・・・・・」
 
じわじわと罪悪感に飲み込まれていく。そうやって溜め息をついていると、ふと或る事を思い付く。
 「
・・・・・・俺とアイツが話してるとこを、見た奴っていたりするのか?」
 
頭部装甲の下の顔が強張り、早口になっていく。
 「
後に此の事態が終わった時っ、事故調査委員会みたいなのが調べるだろう。そして行く行くはガッコウの関係者に行き着いて其の内の誰かが『生徒の一人が怪しい女と話してた』みたいな証言をしようもんならっ・・・・・・俺ヤバくない?」
 
赤城は自分で言った言葉に動揺する。仮に言った通りに事が運び、結果として『今回の事件の元凶』として逮捕されようものなら、風当たりが強いでは済まされない。
 
頭には『極刑』の二文字が浮かんだ。どんな凶悪事件を引き起こした人物であっても、裁判では弁護士が付くし、犯人自身が意見を述べれるターンもある。しかし赤城にはネガティブが骨身に確りと染み込んでいる。予想は常にマイナスを下地にしてなされるのだ。
 『
最悪を想定した方が実際に最悪だった時に備えが出来ているし、ショックも和らいで心が楽』というのが、自らの思考を他人に説明する時に用いてきた見解だ。
 
口ではそう言うが、本当に最悪な事態が起きようものなら、赤城は激しく後悔してブツブツと文句を垂れてウジウジと引き摺るだろう。
 
所詮、赤城とは『愚か者』なのだ。
 「
いや待てっ!」
 
右手を瞬時に翳して話を止める仕草をバッと繰り出す。無論、何人も目の前に居ない。
 「
・・・・・・生きていると思うか?」
 
希望が見えたイントネーションで赤城が言う。
 「
こんな訳解んなくて人を喰う生き物がウジャウジャ跋扈する状況で、俺を見た奴が都合良く生き残っているか? いや居ないっ、居る訳が無いっ! そうだよ、其れだよ!」
 
心に余裕が生まれた。
 「
大体あの時は時間止まってんだから、何か記憶が途切れた感じっしょ? 大丈夫大丈夫」
 
あらかた喋った赤城は安堵していた。自分が血祭りにされる可能性が大きく減った事が見い出せた、此れは赤城の精神を確りとコーティングしたのだ。時間が止まっていた者の記憶がどんな物か赤城は知らない筈だが、人間とは楽な方に流れていくものだ。
 「
・・・・・・ていうか、アイツを突き出しゃいいのか」
 
一先ず落ち着き、赤城は言った。アイツとは勿論、魔女の事である。
 「
犯人捕まえマッポに渡す、潔白示すにゃ其れ一番・・・・・・ってか?」
 
何となく頭をポリポリと掻く。頭部装甲に阻まれ、頭皮に届く事は無いのだが。
 
不意に指が頭部装甲の耳に触れた。
 「
・・・・・・」
 
徐に赤城は前のめりになって床を覗き込んだ。うっすらとだが、キツネ顔の人物が此方を見据えている。
 「
此の“力”は・・・・・・何て言うんだ?」
 
覗き込んだまま呟いた。
 
今の自分は明らかに常人では無い。後ろで死んでいる怪物と戦闘になり、火炎すら浴びて尚此れを倒して、自分は生き残った。常人のままであったのならば、会敵した時点で死んでいないと可笑しいのだ。
 
必死で構内を逃げ回っていた時の自分と、今現在の自分は全く違う。別人格とでも言えばいいだろうか。
 
つまり今の赤城は『赤城であって赤城ではない別人格の人物』なのだ。
 
ならば常人の時と区別するための、別人格への名前が必要である。と、赤城は考えた。
 「
どうすっかなぁ・・・・・・」
 
天井を見つめて思案する。上を向いても頭は冴えないのだが、特に意味は無い。
 「
力・・・・・・パワー・・・・・・マッスル・・・・・・ジュール・・・・・・ギガ・・・・・・ガイア・・・・・・フォース・・・・・・」
 『
力』に関係が有りそうな単語を言ってみる。しかし何れもピンと来ない。
 
赤城は一旦止め、別の観点から再度アプローチを試みる。
 「
何なのかが解らない・・・・・・正体が解らない・・・・・・アンノウン」
 『
アンノウン』という響きに一瞬心が反応したが、直ぐに沈静化した。某特撮ドラマに登場する敵の名前が『アンノウン』だった事を思い出したからだ。
 「
うぅぅぅぅぅん・・・・・・」
 
深く唸った後、がっくりと頭(こうべ)を垂れてしまった。完全な手詰まりである。
 
赤城にとって、既に有る物をベースにして空想するのは日常茶飯事だが、ゼロからの構築には適正が無かった。
 「
はぁ・・・・・・」
 
只名前を考えていただけなのに、赤城はナーバスになった。
 「
もう・・・・・・『怪人A』とかにしちゃおうかなぁ・・・・・・」
 
投げ遣りに呟く。頭の中では、アルファベットがグルグルと踊っている様であった。


 
G、E、J、R、V、S、L、F、N、T、X―――


 「
エックス?」
 
赤城の顔が上がる。
 「
エックス・・・・・・エックスねぇ・・・・・・」
 
心の反応が徐々に大きくなっていく。だが今一つ足りない。取り敢えず頭文字を変えてみる。
 「
エ・・・・・・オ・・・・・・ア・・・・・・ウ・・・・・・イ・・・・・・イ?」
 
心に何かが引っ掛かる。
 「
イ・・・・・・クス? ・・・・・・イクスっ!」
 
其の言葉を発した時、心の反応が最高潮に達する。同時に赤城はナーバスを見事に脱したのだ。
 「
良いねぇ、良いね良いねぇ! ぃよしっ、コイツの名前は『イクス』だ!」
 
勢い良く立ち上がり、誰も居ない空間に赤城、もといイクスは宣言した。


 
―――ガチャリ


 「
ぅを?」
 
イクスが振り向くと瓦礫の上には、あのコーギーサイズのイナゴ擬きが五匹、何時の間にか群れていた。
 「
・・・・・・ピギュ」
 
内一匹がイクスに気付き、鳴いた。
 「
ども・・・・・・」
 
イクスは軽く会釈をする。
 
一人と一匹の間に、妙な空気と沈黙が生まれた。不思議な光景である。
 「
ピギャァァァァァ!!!!」
 
しかし直ぐ様イナゴ擬きはイクスに襲いかかった。顎を開いて一直線に飛んでくる。
 「
ぃよしょっ!」
 
イクスはイナゴ擬きの顔面を思い切り殴り付けた。カウンターを喰らったイナゴ擬きは『ピギュウ!』と鋭く鳴いて吹っ飛んでいく。
 
仲間が傷を受けた事を他のイナゴ擬きも気付き、顎を激しく開閉して戦闘体勢に入ったのをイクスは感じた。
 
古今東西の戦いに於ける要とは『数』である。数を満足に揃えられた方が其の場の軍勢を打ち破って尚、本丸を落として勝利を確固たるものに出来るのだ。
 
現状はイクス一人のイナゴ擬き五匹、セオリーならば此方の不利だ。しかしイクスは未だ冷静である。何故ならば、イクスは数を覆せる要素を知っていたからだ。
 
数を覆す要素、其れは『性能』である。数が要となるのは自分と相手の性能が互角だった場合だ。相手の性能よりも自分が一段以上優っていれば、数で押してこようとも覆す事が出来る。
 
代表的な例として、先の日中戦争に於ける重慶上空での戦闘が挙げられよう。日本海軍の零戦が、中国軍のI-15及びI-16から成る部隊に攻撃を仕掛けた。
 
其の時の零戦は僅か十三機、対して相手は三十四機と此方の倍以上。にも関わらず、零戦は一機の損失も出さずに敵機の殆んどを撃墜破したのだ。
 
当時の中国軍が用いていたI-15I-16は初飛行が共に一九三三年であり、零戦は一九三九年である。双方の間には実に六年もの差があり、此れは戦時下に於いては迚も(とても)大きな差となる。
 
戦時の五年は平時の三倍に相当する』と言われている。当時の技術の最先端を注がれた零戦からしてみれば、I-15I-16が自らに向かってくる様子は『ロートルの悪足掻き』にしか過ぎなかったわけである。
 
つまり『二メートルをゆうに超えて火炎すら吐いてくる怪物を倒した自分が、群れたところでコーギーサイズでしかないイナゴ擬きに負ける筈が無い』と、イクスは思っていたのだ。
 
イクスは『イナゴ擬きが怪物を上回る強さを持っている可能性が低い』とも推測していた。其れが思いと合わさり、今の冷静さを形成しているのだ。
 「
片腹痛し!」
 
イクスがイナゴ擬きを指差しながら言い放つ。すると四匹のイナゴ擬きが逆上してイクスに突っ込んで、来なかった。


 ボボボボッ!


 
イナゴ擬き達は口から青紫の光弾を吐き出した。其れらは全てイクスに見事に命中し、真紅の火花を散らせる。
 「
あぎゃひぃ!」
 
実に情けない声を挙げてイクスがよろけながら後退した。すかさず二匹のイナゴ擬きがイクスの両腕に取り付き、そのままイクスを仰向けに倒した。
 
ガジっ、 ガジっとアンダースーツの上腕を食んで火花を散らせているが、此れはテレビで見る極普通の火花だ。ダメージは無い。
 「
こっ・・・・・・のぉぉぉぉぉ!」
 
イクスがイナゴ擬きを取ろうとするが、腕の上に確りとしがみついているために、肘が殆んど曲がらないのだ。腕は上がっても、天井にキョンシーをして完結している。
 
ならばとイクスは跳ね起きた。腕が使えなくとも、まだ脚がある。噛まれるだけなら散るのは普通の火花、其の間に残りに蹴り込もう。そうイクスは踏み出した。
 「
はぬっ!?」
 
更に二匹のイナゴ擬きが両膝に飛び付いた。六本の脚で締め上げ、イクスの脚を完全に封じている。
 「
ふぅぅぅぎぃぃぃぃぃぃ!」
 
イクスはどうにか動こうとしたが、身動きが取れない事此の上無く、『半歩半』進むのがやっとだった。
 「
うぇぎゃん!?」
 
イクスの頭部装甲の正面に先程の光弾が命中し、脚が止められる。視界も揺れた。
 
視界を立て直すと、複眼に怒りの炎を燃やして(様に思える)イクスを見やるイナゴ擬きが一匹。最初に殴られた個体だろう。


 
ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ!


 
イクスの胸背装甲を中心に命中する光弾。其の度に真紅の火花が上がる。散り具合から察するにダメージは大きくないが、ゼロでも無い。受け続けるのは危険だ。
 
個々のイナゴ擬きの能力は怪物より低いのは明白である。なれど、仲間との連携を駆使して自分より上であろう相手と互角以上に渡り合い、こうして不利な状況にイクスを陥れている。
 
やはり『数は力』と認めざるを得なかった。性能は『戦術』と『技量』で覆される。
 
今のイクスはまるで、一撃離脱戦法とサッチウィーブを繰り出すワイルドキャットに翻弄される零戦だ。
 
尤も、『日の丸戦闘機』の代表格かつ日本人にとって特別な存在である零戦を、イクスという戦いのイロハも知らないド素人と同格に扱う事自体、どだい不敬な話なのだが。
 
ともあれ、イクスは反撃の出来ない現状に苛ついていた。相変わらず四匹のイナゴ擬きはしつこく抱き付き、同じくガジガジと食み続けている。
 
残った一匹は全ての脚を踏ん張り直して顎の中に青紫の光弾をチャージしていた。両の複眼でイクスの頭部装甲の正面に狙いを定め、顎から光が充分に漏れ出してから数秒後、イナゴ擬きは光弾を解き放った。
 
今までよりも倍は有りそうな光弾に、イクスは思わず頭部装甲の前に右腕を突き出した。肘が曲がれば少しはまともに防げるのだが、腕のイナゴ擬きが邪魔だ。手に防がれようが相応のダメージは確実である。
 「
ぎっ!?」
 
光弾がイクスの手に触れる寸前の其の時、イクスは反射的に光弾に対して垂直にしていた手を下に向けた。臆病風に吹かれただけなのだが、此れが思わぬ結果を生む。
 
光弾はイクスの手首の上をダメージを与えながら通過したが、取り付いていたイナゴ擬きの腹部に直撃して其れを大きく裂いたのだ。裂かれたイナゴ擬きが金切り声で飛び退き、イクスの右腕は解放された。
 「
んろぉ!」
 
さすがにイクスでも後は素早かった。左腕のイナゴ擬きに鉄拳を数発見舞って剥がすと、其のまま両膝の輩の顔面を各々鷲掴みにして力任せに引っ張った。
 
ミチミチと掌に伝わる感触。掌の下ではイナゴ擬きが顎から溢す(こぼす)酸化した血の様な液体が隙間から垂れていた。必死の抵抗を続けるイナゴ擬きも軈て(やがて)自我が遠退き、刹那、イクスは両手に首級を挙げて投げ捨てたのだ。
 
残された体達は行き場を失った本能が駆け回り、ビクンビクンとイクスの膝の上で断面から液体を撒きながら激しく暴れる。其れを横から殴り付けて退場させて、イクスは遂に解放された。
 「
野郎!」
 
イクスが光弾を自分に浴びせ続けたイナゴ擬きに向かった。イナゴ擬きが数発の光弾を吐いてきたが、イクスは全てを跳ねて躱しながら(かわしながら)距離を詰めると、渾身のサッカーボール・キックを放った。足の甲がイナゴ擬きの顔面を確実に捉え、勢い鋭く壁に叩き付ける。
 「
ピィギャァ!!!」
 
左腕に付いていたイナゴ擬きがイクスに光弾を吐く。鳴き声の中盤で気付いたイクスは体を反らしつつ振り返り、光弾はイクスの頭部装甲の鼻先を掠めた。
 
直ぐ様イクスは駆け出して、途中に転がっていた怪物の死骸から鉄パイプを引き抜き、天井近くまでジャンプすると着地に合わせて振り下ろした。イナゴ擬きの頭部は砕かれ、抵抗は起きなかった。
 「
ずぃ・・・・・・」
 
ゆっくりと立ち上がったイクスは鉄パイプを右肩に担いで周囲を見た。イクスに対するめぼしい脅威は既に無かった。腹が裂けた個体が鈍重に這いながら、飛び出た腸(はらわた)をズルズルと引きずって此方に敵意を向けてはいるが、敵にすら値しなかった。
 「
ビギャァ・・・・・・!!」
 「
・・・・・・」
 「
イクスはイナゴ擬きに歩み寄ると、『何となく』イナゴ擬きの頭を踏み潰した。ぐじゃりと湿った音が耳に届くと同時に背を駆けた悪寒に、イクスは本気で後悔をする。パッと飛び退いて踏んだ足をブンブンと振り、付着した肉片と体液を撒き散らした。
 
どうにか納得出来るレベルまでに付着物を除くと、イクスは上の階を目指した。鉄パイプを構えて長めの階段を駆け上がると其処は、左方と前方に伸びる通路を持った逆L字の区画だった。
 
前方通路の先には改札口、其れを越えると東西を結ぶ大きな通路、そして奥にまた改札口。奥の改札口は赤城が乗り越えようとしたアレである。地下を経由して丁度真向かいに出てきた形だ。
 
左方通路は赤城がエレベーターまで駆け抜けた通路と対を成す。同じ幅、同じ長さ、同じ様に入る数々の店舗。此の通路の先に自宅へと運んでくれる京浜東北線の一番線と二番線が在るのだが、散乱した死体にイナゴ擬きが群がって貪っていた。まだ此方に気付いてはいないが、気が滅入る。
 
かといって改札先の東西通路は怪物の通り道である。ノコノコと歩けば最後、鴨葱と言わんばかりに嬲られて終いだ。ならば現時点で怪物が居ない左方通路を行くしかあるまい。
 
イクスは鉄パイプを握り直し、左方通路に向き合った。

 

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【2014/06/02 21:32 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
プロローグ

 其の墓石は頂点が四角錐に尖った角柱である。香炉や線香台は無く、墓前には洗米と塩が供えられ、墓石の両側の花器には新しい榊(さかき)が生けられている。
 そして墓石の正面に彫られている文字は『荒祈(あらき)家奥都城(おくつき)』とあった。此の墓は神式、つまり神道に則った墓だ。
 此処は一般の霊園である。本来、墓地というのは寺の領域に在るため、神道の葬式である『神葬祭(しんそうさい)』で弔うには、一般の霊園等で売られている区画を買って墓を建てなければならない。そうしなければ遺骨を納める場所が無いからだ。
 今日は青い空に白い雲が点々と浮き流れ、其れを背にして悠々と一羽の雲雀が飛んでいる。陽射しも穏やかで、風に戦ぐ(そよぐ)草花は何処かたおやかだ。
 其処に乾いた音が二回、確りと響いた。
 紛う事無き麗らかな日和の下で、伸ばしきった取っ手に中型の木箱を括り付けた、迷彩柄のトロリーケースを傍らに置いた女が、奥都城の前で二礼二拍手一礼をしていた。一見すると場違いな風にも見えるが、奥都城への参拝は合掌ではなく、神社と同じく二礼二拍手一礼で行われるのが正しい。
 終えた女は両手をポケットに突っ込み、奥都城を静かに見上げた。
 女の眼差しは何処か冷めていた。加えて服装はオフショルダーのオレンジ色のTシャツ、Tシャツの下には黒いタンクトップ、そしてデニムのショートパンツにハイカットスニーカーだった。其れらがポケットに突っ込んだ両手と合わせて、女に粗野な印象を纏わせている。
 「五郎八(いろは)御姉様」
 『五郎八』と呼ばれた女は僅かにハッとして振り返った。ロングストレートの髪がふわりと膨らむ。
 セミショートの髪を持った十代後半と思われる、白のトロリーケースを引いた少女が立っていた。五郎八と同じ木箱を左手に提げている。
 白いドレスシャツに藍色のロングスカート、コインローファーという五郎八とは真逆の印象の装いである。顔立ちには幼さが残っているが、真っ直ぐに五郎八を見据える眼は静かな力に満ちていた。
 「神集(かすみ)……」
 「朝から姿が見えなかったので、心配していたのですよ?」
 「別にする事なんて無(ね)ぇだろ。話も別れも昨日の内に済んでんだし、後はさっさと発つだけさ」
 「もぉ、五郎八御姉様ったら。心配していたのは私だけでは無いのですよ? 御父様と御母様は勿論、雅月(みづき)さん達だって……」
 「へいへい、悪かったよ。後で反省してたって言っといてくれよ」
 五郎八は左手の小指を左耳に入れながら『神集』と呼ばれた少女の小言を遮り、再び奥都城に向いた。どうやら五郎八が纏っている印象は服装のせいではなく、生来の性格や言動に因るものの様だ。
 神集は五郎八の行動に『むぅ』と多少頬を膨らませたが、別段気分を害した訳でもなさそうだった。
 神集は慎ましい足取りで五郎八の隣に来ると、同じく奥都城を見上げる。
 「……磨いて下さったのですか?」
 奥都城の表面に付いた幾多の水滴を見つけ、神集が訪ねた。
 「何時帰って来れるか、分かんねぇしな」
 五郎八が答えると、神集も二礼二拍手一礼で参拝をする。神集が終えるのを見計らい、奥都城を見ながら五郎八が口を開いた。
 「不思議な物(もん)だよなぁ」
 「え?」
 神集が五郎八を見る。
 「此処に有(あ)んのは只の『骨』なんだ。肝心の祖霊(それい)は『霊屋(たまや)』の方に居るってのに、どうして拝んじまうんだろうな」
 「……祖霊の憑代(よりしろ)だった事への畏れ故に?」
 少しの思案の後に神集が答える。しかし五郎八は賛成も否定もせず、無言だった。尤も答えを知りたくて五郎八は口に出したのではない。独白に近いものであったし、機会を見計らったのも神集の参拝を妨げぬためである。
 神集も知ってか知らずか、其れ以上尋ねる事はしなかった。
 「行くぞ」
 徐(おもむろ)に五郎八はトロリーケースを摑んで踵を返し、霊園の出口へと進んでいった。神集も小走りで後を追う。
 「んで? 塵(ごみ)砂漠だっけか?」
 トロリーケースのキャスターの音で神集との距離を推測しながら、振り返らずに五郎八は尋ねた。
 「ゴビ砂漠です。塵だなんて、其の土地や住む人々への礼を失しています」
 「ワザとじゃねぇって。砂漠に興味が無ぇだけだし」
 「だからと言って―――」
 「あぁもう、勘弁してくれっ」
 先程の様に五郎八は左手の小指を耳に入れ、歩調を速めた。元々歩幅が大きいため、神集との差がみるみる開いていく。
 「五郎八御姉様ぁ!」
 神集がトロリーケースの取手を摑むか細い右手に力を込め、必死で先頭を行く五郎八を目指した。やがてキャスターの音は遠ざかり、また雲雀の声が戻ってくる。
 こうして五郎八と神集の荒祈姉妹は、故郷に暫しの別れを告げたのだった。

【2013/07/22 20:25 】 | 鬼鋼譚アラハバキ | 有り難いご意見(0)
第四話 『Beginner』

 其の風体は特殊極まりないものだった。
 アンダースーツは体のラインがハッキリと解る程にフィットしており、服や靴の上から着ていない事が一目瞭然だ。かと言って喉仏や臍やムスコ、尻の割れ目などの肉体の凹凸は外見からは全く無くなっており、尻に至っては存在自体の影が大分薄くなっている。まるでウェットスーツの様だ。
 そして中肉中背で鍛練をしていない体は、筋肉の隆起が少ない。
 フルフェイスの頭部装甲には肉食獣と同様に配置されたクリスタル質で翠銅鉱を思わせる色合いの両眼、天を指す両耳、閉じてはいるが今にも相手に喰らい付きそうな細長い口吻を備えている。胸背装甲は何処と無くライダー用のプロテクターを思わせるが、胸と背を一体で防護し、戦闘に対応するために其れよりは覆う面積が広く、重要部分を守るパーツとしての威厳を持っていた。肩部装甲と膝部装甲は各々『肩当て』と『膝当て』で、前者は丸みを帯び、後者は角張っている。前腕装甲と下腿装甲は、のっぺりとしたシンプルな物で、該当箇所に則した形状で全周を覆う。手部装甲は指貫きグローブの形をしており、両足装甲に至ってはリーボックのランニング・シューズの如く足を包み込んでいた。
 腰のベルトのバックルは、扇形の両斜線に各々等脚台形が底辺で接続された感じである。バックルの中心には真紅に染められた水晶玉が納まっているが、其の内部には『エッジの効いた明神鳥居』の様な紋様が浮かび上がっていた。バックルが乗る土台の両端からは銀色のバンドが伸び、腰の真後ろで一つに合わさっている。
 「・・・・・・」
 赤城は言葉が無かった。只々、眼が届く範囲で己を観察し、見下ろした両手を閉じたり開いたり、右足の爪先を床に押し付けて曲げたりしている。手と足の装甲は、其の本分と柔軟性を両立している様だ。
 「・・・・・・んぅ?」
 赤城如きに、今の自分に起きている事が飲み込める筈も無い。何と無く背中を見ようと体を捻った時、痺れを切らした怪物が仕掛けた。
 「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
 今までの鬱憤を晴らすべく突進し、怪物は三本指の簡素な拳を赤城の横っ面に振り下ろした。完全に相手を忘れていた赤城は反応出来ず、マトモに喰らってしまった。
 「ぼっ!?」
 猛烈な勢いで吹っ飛ばされた赤城は壁に叩きつけられた。間髪入れずに怪物は間合いを詰めると、赤城の頭を掴んで後ろに振り返る勢いと共に床に投げ付ける。
 仰向けで呻く赤城を、怪物は右足で何度も力の限りに踏み付ける。大地を抉る、太くて湾曲した爪が赤城を捉える度、胸背装甲からはテレビで良く見る代物に近しい白い火花が散っていた。攻撃の衝撃で肺から空気が押し出され、『ごっ』や『ぼっ』等の言葉が赤城の口から勝手に出てくる状況だ。
 「ギュュュュュッ!!!!!」
 怪物が一層右脚に力を込め、赤城の胸を打ち抜かん勢いで爪が迫ってくる。
 「んぎっ!」
 高速で転がって赤城は紙一重で爪を回避した。怪物の一撃は駅の床を軽く貫き、其処が陥没してしまっている。
 「ギュギャ!?」
 怪物は足が嵌まってしまった。其の隙に赤城は立ち上がって距離を取り、胸を確認する。
 「おぉ・・・・・・」
 胸背装甲に傷は微塵も無かった。あれだけ攻撃されて火花も散ったというのに、新品そのものである。もしかすると、此の場面を突破出来るかもしれない。
 赤城に反撃の意思が芽生えた。
 「っしゃ!」
 赤城が怪物に向かって駆け出す。ギュっと両手を拳にし、相手にドスドスと連撃を叩き込むと、怪物は厄介そうに赤城を払おうと腕を何度も振り回す。
 「ぃよ! ほろ! へぃ! なっし! なっは!」
 珍妙な掛け声で赤城は全ての攻撃を避けていた。身のこなしは軽やかで、反射神経も普段の赤城からは想像も出来ない程に研ぎ澄まされている。
 「どしたどしたぁ!」
 攻撃を避けながらも自らのパンチが当たるという事で、赤城はハイになっていた。頭部装甲の下の顔は笑ってすらいる。
 「ギュゥゥゥゥゥ・・・・・・」
 不意に怪物が攻撃を止め、俯いてしまった。
 「あり?」
 連れて赤城も動きを止める。
 「バァァァァァ!!!!!」
 バッと顔を挙げた怪物は、青紫色をした火炎を吐き出した。咄嗟に赤城は両腕をクロスさせて防ぐも、火炎の猛烈な勢いにジリジリと押されていく。
 「おぉぉぉぉぉ!」
 火炎を受け止めている前腕からは火花が激しく散っているが、其れの色は自らの装甲の基調と同じ真紅であった。相手の予想外の攻撃で細まった赤城の眼でも、確りと認識出来る。
 「ぐひゃっ!」
 前腕付近で爆発が起き、赤城の体が宙に浮いた。大した爆発ではなかったため、体勢を崩す事は無かった。
 「っぅ・・・・・・!」
 感覚的に火傷等の損傷や痛みは無い。しかし火炎を受けた前腕装甲からはプスプスと煙が立ち上っている。僅かだが溶けており、亀裂も多少走っていた。此れは明らかにダメージを受けている。
 直前までのハイが嘘の様に萎えた。
 「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
 「!?」
 遂に足が抜けた怪物は赤城の隙を目敏く見つけて攻勢に転じた。二対の腕を器用に振り回して肉弾戦を仕掛け、赤城はバックステップを駆使して少しでも距離を取ろうとする。しかし踏み込みの強さは相手が勝っており、簡単に詰められて数発の打撃を浴びてしまう。どうにか離れられても、火炎で追撃を掛けられる有り様だ。火炎は直撃こそしなかったものの、付随する熱波が小規模な真紅の火花を生じさせる。
 間も無く壁際に追い詰められた赤城は焦りに呑まれていた。足元で怪物が壊した店の瓦礫がガチャガチャと音を立てている。
 心なしか、怪物に余裕が見える。澱んだ複眼に赤城は『容易く捻り潰せる獲物』とでも映っているのかもしれない。
 追い詰めた方の怪物はゴールキーパーの様に二対の腕を横に広げると、静かに顎を開いて炎の放射準備に入った。奥に灯っている炎が顎外に漏れだし、徐々に勢いを増していく。
 赤城の視点は見える範囲を隈無く巡り、脳は目紛るしく回転していた。様々な案が浮かんでは活路を見い出そうとするが、即座に成功率が弾き出されて却下される。丸腰では無理だ。
 「(どうするっ? どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするっ・・・・・・!)」
 既に脳内はアラートで埋め尽くされている。赤城は漠然と、遠くの方から『詰みだ』と言い渡された気がした。
 無意識に左脚が下がり、左肩が壁に付く。右脚が続こうとして、瓦礫の上を過ぎる。其の時だ。
 キンと、足元から金属音が赤城の耳に届いた。
 徐に目線を下げると、右足の爪先にパイプが一文字で僅かに乗っている。店の四隅に立って屋根を支えていた内の一つだろう。
 「ヴゥゥゥゥゥ!!!!!」
 「るぁ!」
 怪物が炎を蓄えきって正に吐かんとするのと同じタイミングで、赤城は素早く爪先でパイプを拾い上げ、怪物の顎を目掛けて槍の要領で突き刺した。
 刹那の間の後、怪物の炎が暴発した。
 暴発の衝撃で怪物はよろよろと後退し、顔を押さえて苦悶している。喉をヤられたのだろう、咆哮は虎落笛(もがりぶえ)と化して最早意思を伝える事は出来ない。
 多少短くなったパイプをグッと握り直し、赤城は未だ立ち直れていない怪物に向かって構えた。
 「ぅぅぅぅぅあっ!」
 赤城が怪物の真上に跳んだ。気付いた怪物が左の複眼を押さえたまま顔を自分に向けたの確認すると、重力に引かれた赤城は右の複眼に深々とパイプを突き刺した。
 「ッッッッッ!!!!!」
 怪物は新たな痛撃に激しく興奮し、余りの勢いに赤城は振り落とされてしまった。
 そして怪物は右往左往の末に、急に全ての腕をだらんと垂らしたかと思うと、ゆっくりと後ろに倒れて動かなくなってしまった。
 肩で息をしながら瓦礫の上に尻餅をつき、事の顛末を見守っていた赤城だったが、恐る恐る立ち上がると怪物に近づいていった。相手の生死を確かめる必要を感じたからである。
 顎を中心とした顔の下半分は吹き飛び、押さえていた複眼は焼け爛れていた。パイプが刺さっている複眼からはカーキ色の液体が流れ出している。頭部装甲のせいか、臭いは解らなかった。想像ではあるが、気分の良い臭いではない事は確かだろう。
 怪物の頭から爪先までを眺めると、改めて相手の巨大さを実感する。よくぞ立ち向かえたものだと、今になって冷や汗が溢れ出す。
 「二メートル・・・・・・三十・・・・・・五?」
 率直に思った身長を口にしてみる。自分が百七十五センチ五ミリだから、五十センチ以上も差がある。
 「・・・・・・死んだな」
 頭を軽く爪先で小突き、そう結論付ける。正確には手足が断続的に小規模に痙攣しているが、仮に生きていても正に『虫の息』である。驚異は然程無い。
 「・・・・・・コイツは、何なんだぁ?」
 腕を組み、相手を見下ろしながら赤城が言った。突然の遭遇からの決死の逃走、更に無我夢中の一戦を終えて漸く湧いた、当然の疑問だった。
 バッタを多分に思わせる様相の巨躯で、しっかりとした二足歩行をする。人間の様に物を掴んで殴れる手を持ち、最終的には炎を吐き散らす。ウィキペディアの『UMA』のページですら見掛けた覚えが無い。幾ら赤城の脳とて、此れ程のインパクトの生物を失念するとは考えにくかった。
 右手を“下顎”に当て、赤城は暫し思考を巡らす。そして思い付いた仮説は、赤城にとって実に現実味の有るもの。
 「魔女の・・・・・・使い魔?」
 とても納得出来る。寧ろ魔女が従えるにはピッタリなビジュアルの生物である。赤城は『うん、うん』と頷き、納得の度合いを深めていく。
 「とんっでもない奴だな、くわばらくわばら・・・・・・」
 こんな生物を複数匹、しかも微笑みながら従える魔女の姿を想像して、赤城は少し引いた。
 「其れは違うわ」
 俊敏に赤城は振り向いた。
 無音の空間を伴い、あの時と変わらぬ微笑みを湛えて、魔女が涼しげに立っていた。
 「其の生き物は此の世界の固有種。私とは一切関係ないわ」
 相変わらずの声量と表情で魔女が告げた。
 「やっと遊べる様になったのね。おめでとう、存分に堪能しましょう」
 振り向いたまま固まっている赤城。対する魔女は破顔一笑だ。余程赤城が遊べる様になった事が嬉しいらしい。
 「あ、遊ぶ・・・・・・とはっ」
 暫しフリーズしていた赤城が絞り出した言葉に、魔女は笑んだまま少しだけ『解らない』という表情をした。頭部装甲の下で硬直していた口が溢れる衝動で抉じ開けられ、言葉が飛び出していった。
 「遊ぶとはどういう意味ですかっ!? 此のバッタはっ!? 今一体何がっ!? おっ、自分はどうしてっ!? 貴女っ・・・・・・貴女はっ!?」
 突如として現れた魔女を前にして上がったボルテージのせいで、普段以上に思考が発言に追い付けず、赤城は自分が何を問うているのか解らなかった。問いも途中から断片的になって、言った後で自らの記憶の底に沈んでしまって簡単には思い出せない。疑問をぶつけられた魔女は落ち着いたもので、緩やかに表情を戻すと、右手の人差し指を立てた。
 「一つ目。“遊び”と言うのは、貴方が其処の生き物の息の根を止めた事」
 続けて中指を立てる。
 「二つ目。二回目になるけど、貴方の後ろに転がっている生き物は此の世界の固有種よ。此の世界に来て初めて知ったの」
 次は薬指だ。
 「三つ目。私が暴いた土地から、其処の生き物と同じ生き物が噴火したみたいに方々に飛び立っていったわ。あの生き物は人間を好むみたいだから、あちこちで此処と変わらない状況になっていると思うの」
 魔女の眼に仄かな輝きが灯る。魔女は立てていた指を一旦畳み、人差し指と親指でチップスを摘まむ形を作って赤城を指し、そのまま其れを開いた。すると赤城の眼の前の空間が、姿見の鏡の様に今の赤城を写し出した。
 「四つ目」
 姿見の向こうから魔女が言い、姿見に写った自分を赤城は見据えた。気分は大分落ち着いてはきていたが、其れでも『狐の頭を持った獣人型平成特撮ヒーロー』程度の解釈しか出来ない。けれども其の姿は、赤城の好みに合致していた。
 「そんな感じよ」
 ヒュっと姿見が消え、赤城の視界に魔女が戻った。
 「此の世界に来て直ぐ、面白い“力”を持っている人間・・・・・・。ううん、人間じゃないわ。良く似ている別種族ね。其の種族から私の『趣味』のために奪ったの」
 「しゅみ?」
 渇いた口で赤城が聞いた。
 「私の趣味は、偽物を造って集める事なの」
 魔女は視線を抱えていたヌイグルミに落として続ける。
 「複写した後のオリジナルを、此の仔と同じ形にした事に意味は無いわ。遊べるまでの貴方を守る事と、貴方へのメッセージは込めたけれど」
 言い終えた魔女は視線を赤城に戻し、反対に赤城は視線を胸背装甲越しに心臓に落として右手を当てた。掌に鼓動は伝わらないが、早鐘を打っている事は自身を形作っている肉が解っている。
 「そういえば貴方の中の“力”、私の手元に有った時と変わっているわ」
 「え?」
 赤城の顔がパッと魔女に向いた。
 「ふぅん・・・・・・。本来とは違う種族に入ったから、『初期化』と『突然変異』を起こしたみたいね。それと貴方の器は凄いわ、“力”を取り込んだのに“空き”が沢山残っている」
 魔女の言葉に関心のニュアンスが含まれた。
 「しかも、もう慣れているのね。次からは随分とスムーズよ』
 魔女がクスクスと笑う。何に対して笑うのか、赤城には理解が出来ない。暫し後に魔女が『そうそう』と付け加える。
 「貴方が握り締めて、私の込めた物が取り払われた時点で、“力”は貴方と合一(ごういつ)している。だから今後“力”が独断で貴方を守ったり、ましてやメッセージを伝える事は無いわ」
 補足を終えると魔女は手を下ろして、『ふぅ』と息を吐いた。些か疲れたのだろう、右腕を突き上げての大きな“伸び”をして体の凝りを取る。
 其の間の赤城はと言うと、魔女の行いを只々見ていた。何の思いもなく、昼下がりの雲を眺めるが如く、忘我(ぼうが)で魔女を見ていた。
 「私の気持ちを聞いてくれるかしら?」
 脈絡無く魔女が赤城に提案した。赤城は急激に現実に戻され、魔女は返答を待たずして語り始める。
 「今までの“遊び相手”は全て人間。人間は脆くて直ぐに死んでしまうから、私は満たされる事が無かったわ。でも“彼”は違った。軽く手合わせをしたに過ぎないけれど、“彼”には物凄い可能性を感じたわ。其処の生き物も簡単には壊れないから上出来。殴り飛ばされても、蹴り込まれても、刺し貫かれても、撃ち抜かれても、引き千切られても尚も私を喰らおうとするのよ? 私はずっと望み求めていた“遊び相手”に出会えて、今とっても嬉しいの」
 両腕を広げて語る魔女が浮かべた無邪気な笑みは、既に多くを経験した自分は現状を心から楽しんでいる事を表し、赤城も自分と同様である事を微塵も疑ってはいない。赤城には其れが眩しく、同時に少し引く自分を感じた。
 「そして貴方にも出会えた事も。貴方は私の同志、良き友」
 「同、志・・・・・・? 自分が?」
 「えぇ。貴方も私と同じ“遊び”を望んでいたじゃない」
 「同じ・・・・・・。いやっ、違うっ」
 赤城が慌てて反論する。
 「自分がしたかったのはこんなんじゃないっ」
 聞いた魔女の表情が一瞬、ほんの僅かに曇った。
 「・・・・・・可笑しな人。貴方は“遊び”を望んでいた。だから私は貴方が遊べる様に、アレを渡したのよ?」
 「こ、こんな状況になる“遊び”なんて、したい訳がないですっ」
 「驚いたわ、人間は『殺し』以外の“遊び”をするの?」
 「うぁっ? え、あ、ぐんっ、おっ?」
 魔女の言葉に赤城は一時混乱した。声帯の振動、舌の動き、口の形が一致しない故に、ちゃんとした発音が出来なくなっている。
 魔女は不思議そうに語る。
 「幾つもの世界を巡ってきたけれど、全ての世界で人間は飽きもせずに殺し合っていたわ。其れこそ手段を問わず、倫理を一切無視して。だから私は人間を、『殺しを“遊び”とする生き物』だと思っていたけれど・・・・・・」
 魔女が動いた。
 「少し、考察の必要があるみたいね」
 魔女は冷たく笑むと、其の眼に又もや灯りが灯った。右手がフィンガースナップに構えられる。
 何かをする。
 直感した赤城が反射的に魔女に駆け寄って手首を“掴んでしまった”。赤城の突拍子のない行動に、然しもの魔女も驚きを隠せなかった。
 「なぁに?」
 灯りが灯った眼に見詰められ、赤城の内腿から汗が出る。反射的だったため、掴んだは良いが何の考えもないのである。しかし行動してしまった手前、何かしなければならない。
 すると此の期に及んで赤城の脳が、光の速さで記憶を底からサルベージした。魔女に問うた疑問の中で、答えられていない物が一つ有る。其の事を脳が赤城の意識に伝え、赤城は魔女に尋ねた。
 「あ、アンタはっ・・・・・・何なんだ?」

 ―――うふふ。

 「・・・・・・私は、わ・た・し」
 乾いた破裂音が響く。魔女を飲み込んだ炎に焼かれ、赤城は全身から真紅の火花を散らしながら強く弾かれた。そのまま床に尾てい骨を強か(したたか)に打ち付ける。
 魔女が跡形も無く消え去ると、其処には煤けた床と、呆けた赤城が残された。暫くじっとしていた赤城だったが、やがて緩慢とした動作で胡座(あぐら)をかくと、床に向かってポツリと言った。
 「魔女だ・・・・・・」

【2013/06/08 20:30 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
第三話 『開宴』

  日頃から二番目に世話になっている電車が、ガッコウの最寄り駅の二番線から定刻通りに発車する。
  帰りの車内は何時も程々に混んでいて、ちらほらと席は空いているものの、一つ目の駅で降りるので必要は無い。 
  吊革を掴んでいない手は、吊革を掴んでいる腕の上腕に置くのが常である。痴漢の冤罪は晴らす事が困難を極めるという事実から、手を腰より下に位置させない様に意識をしている。此れも先手の一つである。
  右へ流れていく景色の小綺麗な筈の団地は、薄汚れたドアのガラス越しに見ているせいか、何ら感じる物が無い。無理して感じるとするならば、汚れで団地の本来の魅力が殺がれている事だろうか。どちらにしろ、今の赤城にとっては些末な事に過ぎない。
  もとい、電車に揺られながら思う事など何も無いのだ。行き先を決めたのだから乗車し、乗り換えなら降り立った駅で確認をすればいい。赤城にとって電車内とは、『節度有る脱力の場』でしかないのである。
  一切の自発的な動きをせず、電車の内装と化した赤城は揺られるがまま、日頃の拠点たる王宮(おうみや)駅へと到着した。
  王宮駅は在来線のホームが連なる一階、多様な店が犇めく二階、新幹線が発着する三階、そして地下鉄が走る地下一階から成る大型の駅である。特に二階は各所からの客が合流して流れが形作られる場所であるため、息を整えられる様に洒落た噴水が設けられているのが特徴だ。
  プラットホームに降り立つと、赤城は目の前のベンチに座った。ガッコウに通ったための脳疲労で、『四肢への命令伝達の効率が落ちている』という体(てい)の倦怠感のせいである。
  加えて今日の赤城は“特別”な遭遇もあり、普段以上に腰が重かった。此のまま横になって呆けていたい願望が心に渦巻いたが、直ぐにチキンな理性に懇願される。仕方なく赤城は立ち上がり、回れ左をして階段を昇る事にした。
  億劫な足取りでグダグタと段を踏み、他人より非効率な歩数で二階へ到着すると、赤城は一階へ逆戻る階段の横を通り過ぎて改札を抜ける。
  抜けた先は東西を結ぶ大きな通路だ。特に例の噴水を中心とした周囲十二、三メートルの空間は『GX-9900』が丁度立てる程の高さが有る。
  赤城は噴水に引き付けられた幾人かの輪の中に入ると、リュックを下ろして噴水の縁に座った。
  駅に着いた時とは違い、倦怠感は和らいでいた。今は寄り道を考えられる程度の気力が湧いている。此の場所からならば西口の電器店か、東口のゲーセン通りとなる。
  赤城は頬杖を突く時、掌ではなくて拳を当てる。其の方が高さが稼げて、不必要に首が曲がって痛むのを防げるからだ。
  そうして西か東かの思案を暫し巡らす。しかし、よくよく考えていくと双方共に乗り気になれず、次第に寄り道の気分は萎えていってしまった。
  赤城は噴水で消費した時間を少し悔いた。確実に電車を一本逃している。次は五分後か、十分後か。
  「・・・・・・素直に帰ろう」
  そう言って赤城は立ち上がって踏み出した。だが、五歩もしない内に止まってしまった。眼前に天井を指差して騒つく人々が居たからだ。
  つられて赤城が天井に眼をやると、其れを構成している黄ばんだアクリル越しに、“何か”が五、六匹群れていた。そこそこに大きく、少なくとも鳥では無い事は解ったが、其れ以上の情報は得られなかった。
  「見えねぇ・・・・・・」
  赤城はアクリルの黄ばみ加減に不満を漏らした。“何か”は未だに屯(たむろ)している。
  其れが不意にパッと飛び退くと、次には更に大きな“何か”が、天井を突き破って構内に突入してきた。群衆が慌てて其の場から離れる。
  「ん゛っ!?」
  赤城は咄嗟にリュックを掴み、弾かれた様に駆け出した。直後に数多の破片が床に叩き付けられる音と、“何か”が着地したであろう振動が伝わってきた。
  ろくに前を確認しなかった赤城は群衆の一人の右肩にぶつかって回転しながら転んでしまった。急いで謝罪を口にしながら振り替えると、落ちてきた“何か”は先程まで赤城が居た場所に佇み、背中の翅をゆっくりと畳んでいた。群れていた奴等も次々に“何か”の周りに降りてくる。
  “何か”は異形で巨大であった。
  ギラついた複眼、生理的嫌悪感を引き出す様に蠢く顎、其れらを含めた何とも醜悪な顔、強烈な威圧感を与える体躯、全身を包む錆色の強固な外骨格、三本の指が付いた二対の厳つい腕、鳥脚型の関節を持った一対の頑強な脚、ドラム缶の様な腹。
  二足歩行で前屈気味の怪物然とした其の姿は、『バッタ目』の生物の様相が多分に含まれている様に赤城には思えた。
  群れている奴等の方は錆色の外骨格や複眼や顎は怪物と同じであったが、此方は『コーギー程のイナゴ』といった体の造りだ。差し詰め、“イナゴ擬き”と言ったところである。
  両者を見比べた赤城が引きつりながら呟く。
  「む、虫・・・・・・か?」
  言葉に反応したかと思うタイミングで、怪物が床を強く蹴った。赤城から見て左方で突出していた中年男に飛び掛かり、捕らえると直ぐ様喰らい付いた。
  「げぇあ!」
  中年男の声は其れだけだった。怪物は相手の顔面を瞬時に抉り、周囲に鮮血を撒き散らしながら骨ごと肉を猛烈に喰い進め、あっという間に上半身を全て腹に落とし込むと、残った下半身を後方に投げ捨てた。
  一瞬にして広げられた地獄絵図に、群衆は金切り声を挙げて逃げ出した。赤城も転んでいた姿勢から手足をバタバタさせて立ち上がり、来た改札のバーを抉じ開けて“逆戻り”の横を過ぎると、直ぐに右の長い通路に入った。そこから脱兎の如く駆けていこうとしたが、左右に数々立ち並ぶ店や数ヵ所の階段を昇ってきた状況を知らない利用客の波に道を阻まれ、思うように速度が出せずにいた。
  「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
  怪物は顎から鮮血を滴らせながら吼え、西口へ逃げた人々に突進していく。天井の風穴からは新たなイナゴ擬きと怪物が次々に飛来して構内に侵入し、最初から居た奴等と共に方々へ散らばっていった。
  「どいてください!ど、どいてぇ!」
  他の者達と人混みを泳ぎながら赤城は叫んだ。本当なら我を押し通す事はしたくはない。だが先程の様な光景が眼に焼き付けば、誰だって我を通す。生きたまま喰われるのを望む輩なぞ有り得ない事だ。
  掻き分けられた客は口々に憤りの声を漏らすが、此の直線に殺到した者達には届かない。程無くしてイナゴ擬きが通路に到達して人を捕らえ始めると、客から憤りは消し飛んだ。
  辛うじて波を抜けだせた赤城は漸く真っ当な速度が出せていた。通路の中程まで到達し、脚を止めず肩越しに振り返れば、ぶれる視界のあちこちで人間から噴き出す血飛沫が眼に飛び込んでくる。
  益々恐怖に呑まれた赤城は必死の形相で走り続ける。随分と前から気管が激しく出入りする呼気で痛んでいたが、赤城は其れを必死に耐えていた。
  記憶が確かなら、もう少しで右手に改札が見えてくる筈である。其処を出て直ぐ左に曲がれば西口への出口になっている。ゴールが近ければ人間とは頑張れる生物だ、此の赤城も例外ではない。
  「ッ―――!」
  通路の末端となる書店の前を過ぎた時、遂に赤城は望んでいた改札を捉えた。半ばスライディングを見舞う形でスピードを殺し、どうにか赤城は入り口を掴んで止まれた。荒々しい呼吸で閉じているバーを跨ごうとした。
  「うぁぁぁぁぁ!」
  「!?」
  改札の向こうの男が三匹のイナゴ擬きに集られていた。懸命に引き剥がそうとしても、六本足の各先端の二股の爪が深く捕らえて離さない。
  其の内の一匹が男の左腕の付け根を素早く食(は)んで腕を落とすと、痛みに堪えきれずに倒れた男は直ぐにトドメを刺されて、哀れにもイナゴ擬きの『餌』と化してしまった。
  貪るイナゴ擬きの後ろからは怪物がドカドカと次々に駆けていく。既に西口は怪物とイナゴ擬きの通用口となり、人間の通行は出来なくなっているようだ。
  急いで改札から離れた赤城は酷く狼狽した。頼みの出口は奪われ、現在地は通路の行き止まりときている。そして、人間達を血祭りに上げながら、大量のイナゴ擬きが此方に迫ってきていた。
  「っど、どぼぼ・・・・・・」
  『どうしよう』の言葉すら言えない。赤城には、壁を作るパントマイムの様に両腕を動かしながら、後退りしていく事しか出来なかった。
  「ぁわっ!」
  点字ブロックに踵が引っ掛かり、そのまま転んで仰向けになってしまった。
  脊髄反射で上半身が起き上がったものの、こうなるとネガティブな赤城の思考は止まってしまう。前からはイナゴ擬き、隣のフロアには怪物。逃走が封じられた上に丸腰とは、どう見ても状況は詰んでしまっている。
  最早電池の切れかけた玩具の様に、ぎこちなくしか動けなかった。喰われるまでの猶予が刻々と減っていくが、『辞世の句』は用意出来そうもない。
  「@◎☆#‰Å〒―――」
  ろれつが回らなさ過ぎていて言葉ではない。其れでも、次には聞き取れる単語が出た。
  「―――ろ?」
  予期せず眼に飛び込んできたのだ。
  朱肉程のサイズの正方形で、中に三回り小さい逆正三角形が描かれたボタンが貼られた柱。柱は空洞となっており、空洞内は三人が丁度収まるスペースで、此方より一段階明るかった。
  赤城は発見から理解をするまで堂々と三拍を費やし、自分の真左に位置する其の空洞を持った柱―――エレベーターに飛び掛かる勢いで向かった。
  思考も戻り、次に何をすべきかが考えられる。右手を引いて拳を作り、ボタンに狙いを定めた。
  「だぁい!」
  手打ちのストレートで押されたボタンは正常に稼働をし、ドアが音も無くスライドして赤城を招き入れる。『閉』と階下へ向かうボタンを同時に連打しても結果は速まらないが、気持ちがそうさせてしまうのだ。
  定められたプログラムに則ったペースで、ドアがスゥと閉じた。自分を収めた筒が階下へ引き込まれ始めると、今まで居たドアの向こうに追い詰められた人々とイナゴ擬きが到達した。其の中の一人でも眼が合っていたら、きっと赤城は自責の念に苛まれて立ち直れなくなっただろう。
  幸いにも眼が合う事は起きず、無事に階下の地下鉄が乗り入れるホームに着いた赤城は安堵した。
  上の騒動とはまるで無縁の、静寂が支配する空間だった。誰も居らず、明かりはホームの天井に配置された蛍光灯だけで、周囲を闇が囲んでいる。夜明け前の沖合いにポツンと浮かぶ船に乗っている感じだ。
  遥か彼方までホームが伸びているが、どうやら一番端に降り立った様である。エンカウントをしない事を切に願いつつ、赤城は意を決して歩み出した。
  静かさに響く靴音は何とも不吉だった。敵を招く招待状とでも言うべきか、一歩事に相手も近づいて来ている想像が膨らんでいく。
  「何か出んなよぉ、絶対に出んなよぉ。・・・・・・フリじゃない、本当に出んじゃねぇぞ。止めろよな、そういうのは要らないんだ―――」
  赤城は単独になると独り言を良く喋る。其れは暇を紛らすため、状況を確認するため、不安を削るための何れかの理由が常に有るからで、普段は脳内で済ましている。衆人環視が無い、今の状態が本来の赤城なのだ。
  「お?」
  喋りながら中程まで歩くと、小屋が在った。他の駅でも見掛けた事がある小屋だが、どんな物かは知らなかった。近付いた外壁には幅が狭い長方形の銀色のロッカーが設置されていた。
  「あぁ、うぅ・・・・・・」
  暫しロッカーを開けるかどうか迷ったが、思い切って開けてみる。房モップが一本と、塵取りが一つだった。
  「・・・・・・ショットガンな訳ねぇよな」
  少し落胆が混じった声で赤城が言う。バイオハザードみたく簡単に銃器が手に入るなど、所詮はフィクションの出来事である。
  ただモップの長さは赤城を鼓舞するには充分だった。薙刀を意識して構えると、不思議と頑張れそうな自分が居た。イナゴ擬きぐらいならば倒せるかもしれない。
  赤城は二、三回軽く素振りをし、小屋から人が出てくる可能性を考え、早々に立ち去る事にした。身を守るためとは言え、許可無くモップを借用するのは本来ならば咎められる行為だ。
  モップを片手に赤城は『えっさ、ほいさ』と呟きながら軽く駆けた。ホームの後半もエンカウントはしなかった。
  「うわぁ・・・・・・」
  ホーム末端に到達した赤城の眼前には、周りとは比べ物にならない高濃度の闇が広がっていた。ホームから漏れた光が隣駅への線路の存在を極僅かに照らし出すが、本当に続いているか疑わしく思えてしまう。
  「線路を歩けば・・・・・・」
  隣駅に行けるだろう。尤も、灯りを持たずに進める勇気を赤城は持ち合わせてはいない。乗り出しかけた身を引っ込め、闇に背を向けた。
  「あ」
  間抜けな言霊が出た。階段を見つけたのである。まだ魔の手は伸びていないと見える。
  「・・・・・・しかないか? けど、恐いなぁ」
  再びモップを構えて踏み出そうとするが、やはり躊躇してしまう。だが昇るしかない。地下は此れで終わりなのである。
  「・・・・・・昇るのに、飛び降りるとは此れ如何に」
  己にしか意味が通じぬ下らない言霊を吐き、赤城はそそくさと階段を昇っていく。
  そうして昇りきると其所は、だだっ広い踊り場であった。ホームとは違う蛍光灯の光で白く染まり、そこそこの運動ならば出来そうな広さだ。奥には屋台の様な簡素な造りでフルーツからジュースを作る店が有るが、無人である。
  其の店の、此方から見て右手に新たな階段が口を開けていた。
  「ふむ」
  モップで階段を示し、先程のホームの時と同じ感じで駆けていく。少し息は切れたが、苦もなく階段前に到達できた。後は昇るだけである。
  赤城が踏み出して左足を一段目に置いた。
  「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
  赤城はハッとして見上げた。階段の頂上から此方を完全に捉えた怪物が、赤城を喰らわんと跳んでくる。
  赤城の神経と両脚の筋肉は普段の数倍の反応速度を叩き出し、紙一重で右に飛び退いた。
  怪物は店に衝突して其の瓦礫に埋もれ、ゴソゴソしていた。其の隙に赤城は出来るだけ距離を取ろうとするが、今しがたの動作で右足の付け根を吊っていた。日頃のインドアが祟ってしまった結果だ。
  「ギュラ゛ァ!!!」
  残骸を払い除けて怪物が立ち上がった。音に驚いた赤城は思わず、怪物にモップを投げ付けた。
  「あっ!」
  投げた事を直ぐに後悔した。モップは乾いた音を立てて怪物に当たっただけで、自衛すら成立していない。此の行為は怪物を興奮させたばかりか、己の右肩を壊す結果となった。
  「ギュュュュュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
  怪物は怒り心頭で向かってきた。赤城は背を見せ逃げるも到底逃げ切れる筈は無く、赤城を間合いに入れた怪物は右側の一番目の腕を振り上げ、赤城目掛けて力の限りに振り下ろした。
  「―――う」
  死んだと思った。同時に背中を軽く押された気がした。そして『ドゴン』と鈍い音が響き、怪物の『ギュグァ・・・・・・!!!』という呻き声が赤城の耳に届いた。
  「・・・・・・?」
  恐る恐る振り返ると怪物は仰向けで藻掻いていて、万歳をして喜んでいる“ヌイグルミ”が宙に浮いていた。
  「・・・・・・は?」
  ヌイグルミの体は白かった。其れに気付いた赤城は急いでリュックを下ろした。
  ポッカリと穴が空いている。手を突っ込んで探すと、やはりヌイグルミだけが無くなっている。では眼前のヌイグルミが自らリュックを破り、怪物にカウンターを見舞ったという事なのだろうか。
  「其れまでは・・・・・・守ってくれる、から・・・・・・」
  赤城は魔女の言葉を思い出した。
  起こったであろう出来事に呆然とした。凡そ常識の範疇を越えている。
  其の内に万歳に満足したヌイグルミが、不意討ちで赤城のリュックを叩き落とした。ビビる赤城を余所にヌイグルミは、赤城を前にして自分で自分を抱き締める行為を繰り返す。
  最初こそ其の意味が解らなかった赤城であったが、先程の魔女の言葉を思い出した脳は、次に何をすべきかを導き出していた。
  「・・・・・・こう、だな?」
  赤城が右手でヌイグルミを握り締めた。するとヌイグルミは膨張して濃淡の灰色のマーブル模様をした、ソフトボール大の光球へと変容した。光球は掴まれていた手から吸収され、其れが光を放ちながら腕の内部を通って心臓に達した瞬間、赤城は光球の色を発する光に全身を包まれた。
  此の時、赤城の脳は不思議な光景を見ていた。自分を包んでいる光と同じ物で構成された人物が立っているのである。顔面には黄色に光るゴルフボール程の円形が三つ、三角形に配置されている。
  しかし其の人物の姿は直ぐに散らばって破片となった。すると全ての破片が真紅に染まり、また一つに集まって人の形を作った。顔面の眼は二つとなり、肉食獣の其れと同じ配置で翠に輝き、頭頂部には三角形の両耳が天を指している。そして、キツネ属の獣を思わせる細長い口吻が在った。
  「誰です・・・・・・か・・・・・・?」
  赤城の問いに人物は自らの胸に右手を当てた後、赤城を指差して頷いた。
  「ギュゥゥゥゥゥ・・・・・・!」
  ヌイグルミにカウンターをやられたショックから立ち直った怪物が起き上がる。頭(かぶり)を少し振り、目の前の光へ仕掛けようとした時、突如として光は真紅の光へと変異した。
  再び出鼻を挫かれた怪物は動きを思わず止めてしまった。
  光の中で赤城は、己の内から溢れる“力”に因って姿が変わっていく。
  爪先と指先から同時に、黒いアンダースーツが靴や服を“上書き”しながら形成されていき、首までの全身を覆う。
  次に頭部、胸背、両肩、両前腕、両手、両膝、両下腿、両足に真紅を基調とした装甲が突如として現れ、装着された。
  最後に腰に長方形でUMDソフトのケースぐらいの黒の土台に乗り、中心に真紅で染められたテニスボールサイズの水晶玉の様な物が埋め込まれた、銀に輝くバックルを持つベルトが出現した。
  「ギュア゛ッ!?」
  遂に光が弾けて、赤城が再び怪物の前に現れると、怪物は明らかに赤城に対して驚いていた。
  何故なら赤城が赤城ではなく、狐の頭を持つ、真紅の鎧を纏った戦士へと変貌を遂げていたからである。

【2013/02/21 20:37 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
第二話 『嵐の前』

  「(アイツは魔女だ)」
  四つの長机が長方形に設置された一号館二階のゼミの教室で、赤城は頭の中を整理していた。
  日常離れした服装、理解が難しい言動、お礼のヌイグルミ、“止まっていた時間”。約二時間半前の出来事は何だったのか、整理と平行して考えている。
  まず服装や言動は『個性』という物によって決定されているが、此れは十人十色である。あの言動も、彼女を彼女たらしめている『個性』に依るものだと思えば良い。
  自分だって今着ているジャケットはF-22の様な制空迷彩であるし、ジャケットの下のTシャツは都市迷彩。ズボンも洗濯されていなければジーンズで妥協せず、デザート迷彩にする筈だった。
  そんな『個性』を持った人間が、彼女を『変わっている』と思うのは実に愚かだ。自分も彼女も、大きく分類すれば『同類』なのである。
  此処までは赤城でも処理が出来る範囲で済んだ。次の段階こそが幾度となく赤城の頭をフリーズさせ、脳細胞の死滅を早めている。
  “時間が止まっていた”とは、どういう事だ?
  確かに緊張はしていた。だが時間の経過を遅く感じる程ではなかった。と、思える様な気がする。甚だ脆い意思だが、それなりの根拠は二つ有る。
  一つはお礼を受け取って会話が終わった後、鐘がまだ鳴っていた事だ。あの鐘が奏でる旋律は十五秒くらいで終わるのだが、内容からして確実に十五秒以上話している。
  緊張に依る時間の経過の遅延とは主観であり、時間自体は常に客観である。だから己がどう感じていようが、時間は常に一定不変の速度で経つのだ。あの場合の鐘は、鳴り止んでいなければいけない。
  もう一つは会話が出来た事だ。彼女の声は耳打ちにしても小さすぎた。にも関わらず、二歩も下がっていながら会話は立派に(大目に見て)成立している。
  時間が止まれば物体の運動も止まるという推測は容易く、運動が止まれば付随する音とてしなくなり、無音の状態が出来上がる。無音ならばどんなに小さくとも聞こえる。だったら会話も出来る。
  此れらが“時間が止まっていた”とする一応の根拠である。論理が飛び々な感じは否めないが、己が繰り出せる論理はこんなものだ。寧ろ今日は調子が良い方である。
  此の様な脳内討議をへて、冒頭へと戻る。相手は黒ずくめに近い少女であったから、『魔女』と呼ぶのが妥当な線であろう。
  「(・・・・・・傍若無人で荒唐無稽な訴えを、腕利きの弁護団を擁して力任せに正論にした感じだな)」
  良く解らない例えで、赤城は自らを煙に巻いた。二時間も同じ事を考えて飽きていたのだ。
  やおら机に突っ伏すが、寝ない様に眼は開けている。眼前は薄暗くてピントが合っていないグレー、聴こえてくるのは周りの席の奴等の声。自分を除いて、今日来ているのは確か五人だったか。何時もより多い日である。
  「おぉふ」
  暫くして誰かが入室してきた。声に反応して赤城が其の方向に起きると、此のゼミの担当教諭が視界に入った。還暦を少し過ぎた感じの歳であり、白髪に恰幅の良い体を持ち、ワイシャツをスラックスにキッチリと納め、右手にはヨレヨレの薄緑の紙袋を提げている。
  「今日はぁ、多いな」
  奥の真ん中の席に着くなり教諭が言った。
  「おぅ、来てないのは誰だ?」
  「小林でぇす」
  赤城の向かい側の席の、容姿が“ダイスケはん”に激似の女子が報告する。
  「小林か、最近どうしたんだ?」
  「別に良いんじゃないすか?」
  「良かないよぉ、酷い事言うね?」
  「先生ぇ、今日は何すんの?」
  「ぅえ? ちょっと待ってくれぇ」
  教諭は半笑いで手元の表札サイズの出欠表の束を適当に掴み、自分の左斜め前の席の、眼鏡を掛けた真面目そうな生徒に渡した。
   出欠表は眼鏡から左に流れていき、緑の帽子を被った小肥り男を介し、ソイツから一つ空いた席を飛ばして赤城の元へと着いた。そして赤城からガタイ良い色黒男に再び流れ、其処より“ダイスケはん”に譲渡がなされ、彼女から中の中の下のギャルに分配され、最終的に皆に一枚ずつ引かれて教諭に還ってきた。
  「今日はな、卒業研究のテーマを決めて欲しいと思ってる」
  教諭は性格由来の緩慢とした動作で出欠表を片付け、終えると今日の内容を告げた。
  告げられたゼミの面々は不意を突かれた。出欠表の今日の日付の欄に、『十月十九日』と記入していた赤城も動きを止めた。
  「先生どうゆう事!?」
  色黒男が早口で聞いた。余程驚いたと見える。
  「期限は来年の1月の中旬までだぁ。取り敢えず今月は仮のテーマを決めるだけ。そっから後は進行状況の報告。だから、今季は早く帰れるぞ」
  「先生先生ッ、え? 何すんの?」
  「(さっき言ったじゃん)」
  ギャルの質問を赤城が脳内でツッコみ、聞かれた教諭は質問を無視して手帳に何かを書いている。厳密に言うと教諭は少々耳が遠く、返答を貰えない時が稀にある。さっきの事態は其れが起きたのだ。
  ギャルは“ダイスケはん”に同じ質問をし、答えを貰って落ち着いたようだ。
  「卒業研究は、三年生の必修だかんな。必ずやらなければならないよぉ。四年生には卒業論文というのがあるけど、此方は選択。つまり研究をやれば論文はやらなくてもいいわけ。A4の紙に研究は一万字、論文はぁ二万字」
  聞き終えた面々は各々理解に努めている。赤城も耳から取り入れた情報を必死で組み立て、記憶の箪笥に押し込んでいく。
  「決めたら出欠表に書いてくれ。テーマは別にゼミで学んだ事以外でもいいぞぉ」
  教諭が虚を突いた。
  「マジっすか!?」
  「おぅ。いいよ何でも」
  「やったね!」
  色黒男と“ダイスケはん”の二人は喜び、他の奴等も眼が見開かれていた。まさか教諭が、ゼミの存在を否定する様な発言をするとは思わない。
  「あの、例えば、『原子力の安全と今後』みたいなのでもいいんですか?」
  赤城は新たな情報の信憑性を確かめるため、珍しく教諭に質問をした。
  「そんな感じでも大丈夫ですか?」
  「大丈夫、大丈夫」
  微笑みながら教諭は答えた。赤城は『言ったな先生』と脳内で誇る。周囲も赤城の行動のお蔭で、ゼミが掲げるテーマから完全に解放され、一先ずは安心していた。誰も熱心に普段の講義を聞いてなどいないからだ。
  だが『自由でいい』と言われると、急に広大になった選択肢に呑まれるものである。眼前に展開される数多の扉に圧倒され、何れにも手を出せずに其の場に縫い付けられてしまう。『縛りが無い』のが一番の『縛り』である。
  「(どうしたものか・・・・・・)」
  赤城が目頭を押さえて思った。思い浮かんできたのは高校三年生の時、今回と同じ様な課題をしていた自分だ。
  あの時は『与野公園に棲息している生物を調べる』をテーマに掲げ、毎週日曜日の公園に数ヵ月間、足繁く通っていた。思えば自由研究でも危うい、稚拙な取り組みであった。
  今回はそうはいかない。大学生たる人間が自由研究をしてはならないのだ。さすがの赤城も考えを深くする。
  朝に読んだ新聞、視たニュース、聞いたゴシップ、キヨスクの雑誌、電車の中吊り、学校の掲示板。引っ掛かりそうな事柄を片っ端から引き出していく。
  だが悉く滑り落ちていってしまう。他には何が有る。記憶が鮮明な今日のが好ましい。一限の日本史、就活のガイダンス、其の後は―――

  魔女が。

「(!)」
  情景が勝手に再生される。
  憂いた顔の魔女が、此方を見つめて其の内に歩み寄り、自分はヌイグルミを差し出して魔女が微笑む。そして魔女からヌイグルミを賜り、鐘の音が聞こえて魔女は消え去った。
  「・・・・・・」
  赤城は目頭の手を額に当てた。熱くなっていて、頭全体が過熱している様だった。
  手を離し、目線を足元のリュックに落とす。リュックの中には今、握り飯を入れるウッドランド迷彩の布袋と、あの賜ったヌイグルミが少し潰されて入っているのだ。
  「何なんだ、あの人は・・・・・・」
  赤城は見ながら呟いた。人の顔を殆んど覚えられない自分が、鮮明に魔女の顔を浮かべている。従兄弟すら朧気だと言うのに、何故魔女に限ってこんなにも浮かべられるのか。
  おもむろに赤城は出欠表に『魔女』と書き記した。続けて『喪服』、『礼服』、『ヌイグルミ』、『鐘』と付けたし、暫し眺めて教諭に『先生』と声を掛けて提出した。
  教諭は出された物を手に取り、不思議そうな表情で見ている。予測をして心構えをしてはいたが、やはり相手の一声を待っている『間』というのは、心がキリキリと絞まって何故か喉が狭まり、心臓に飛び火して動悸が少し速くなる。
  些細な恐怖に駆られた赤城は「ぁ頭に浮かんだ事を羅列しただけなんですけど」と防御をする。喉を開く過程で躓いて僅かに声が掠れたが、直ぐに戻った。
  発した言葉に続く文言が出ない、だが下手に次を打って不利になりたくはない。あれこれと考えを巡らしていると、教諭が言った。
  「大丈夫かぃ?」
  「はい?」
  「此れらの断片を、次までに固められるかぃ?」
  「・・・・・・か、たまる、と思います」
  「うん?」
  「善処しますッ」
  「うん、解ったぁ」
  教諭はそう言って何故か笑顔になった。元々教諭は無邪気なトコロがあったが、今回の場合は赤城が“此の場しのぎ”とは言え発した『善処』という言葉に、純粋に嬉しくなったのだろう。
  当の赤城は言ってしまった言葉に囚われ、『善処』に向けて磨り減った脳でシミュレートをしていた。
  赤城の基本的な行動原理は『叱責される事への恐怖』である。
  何でやらなかった、何故聞かなかった、どうして尋ねなかった。
  其の様に叱責されるのを赤城は心底恐れる。
  だから赤城は赤城なりに、“先手”を打てる時は打ってきた。ハッキリ言った手前は実行し、何か行動する時は同様の者が居ないか尋ねる。
  例え周りが『叱責しない』と宣誓したとしても、臆病者の権化たる赤城は自身の心に住まう暗鬼に対し、此れからも“先手”を打ち続けていくのだ。
  「じゃあ御疲れさん」
  不意に教諭が放った。
  「・・・・・・それはどういう?」
  「君は今日は終わりだよ」
  「そう、ですか。ではまた来週に」
  「おぅ、頑張れよぉ」
  こういう時、何故か赤城は『撤退しなければ』という気持ちになる。
  赤城にとって家の外は概ねアウェーであり、銃弾林雨の戦地である。だから速やかに席に戻り、鉛筆と消しゴムをペンケースに仕舞い、其れを机上に出ていたプリントが詰まったクリアケースに入れ、立ち上がってケースとリュックを右手で併せて持ち、左手で椅子を戻し、足早に教室から出ていった。
  廊下に足を踏み入れ、教室の扉を閉める。すると幾分か気分は楽になる。少なくとも『第一線』ではない。
  扉の前でクリアケースをリュックに収め、確りと両腕を通して背負うと、赤城は右へと歩を向けた。十五メートル程直進し、コの字に配された階段を下る。そして二階とは逆方向に倍以上の距離を進んで、赤城は再び曇天の下に帰還した。
  ちらと腕時計を見ると、十五時三十五分だった。視線を足元の階段にやって降りながら、大きく溜め息を吐いた。今日は遭遇した出来事が刺激的過ぎて、何時もより八割くらい増量していた。
  ガッコウの外に出ると不意に強めの風が吹き抜けた。今はまだ涼しいが、何れ指の関節に五寸釘を打ち込まれる様な痛みを伴う冷たさになるのだろう。
  赤城は少しだけ思いを巡らし、ガッコウの最寄駅を目指して帰っていった。



   ―――お疲れ様。



  其の様に口が動いた。
  赤城の後方百数十メートルに建つ、チャペルの鐘を納めた塔。其処の天辺に厳かに突き刺さっている大きな十字架の横線の上に、魔女は不敬にも腰掛けていた。膝枕にはヌイグルミが座り、主共々寛いでいる。
  同時に相反して魔女の心は此れ迄に無い期待と、共に遊ぶ者を獲得した喜びで高揚していた。手を当てずとも、高鳴りを良く感じとれる。
  さらに今の魔女の眼には、妖しい輝きが仄かに灯っている。比喩ではなく、本当に光量を持った輝きを放っているのだ。
  其れは幼子の持つ無垢さを帯びてはいたが、刑執行人の様な冷たさが感じられた。ヌイグルミを持ち歩くには不釣り合いな眼力である。
  時を止めて、魔女は声が届く様にした。
  「さぁ、始めましょ」
  魔女はヌイグルミに話しかけると、其れを抱えてフワリと線の上に立った。尻の辺りを軽く払って身支度を整えると、右手を天に向けてフィンガースナップを形作る。
  「心行くままに饗宴を」
  魔女が時間を元に戻し、弾かれた指の破裂音が響く。刹那、足元から眼と同じ色の炎が急激に盛り、一気に魔女を飲み込んだ。
  魔女の全身が瞬く間に灰塵に帰していく。だが魔女は破顔一笑で聞こえない笑い声を上げ、遂に歓喜の頂点に達した。
  そして炎が唐突に弾け、粒子状に変異して霧散した後には、熱せられて昇る空気と、煤に汚された十字架だけが残された。
  嵐の幕が、とうとう開いた瞬間である。

【2012/06/07 20:33 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
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