「俺が言ったから・・・・・・っ?」 赤城は踊り場の床に座り込んで、考え事を口に出していた。 「俺が言ったからっ・・・・・・なの・・・・・・かぁ・・・・・・っ!?」 腕を組んで『う~ん』と唸る。脳内の議題は『今の事態を引き起こした責任は自分に有るか?』、である。 魔女に『同志』と言われ、『私と同じ“遊び”を望んでいた』と言われた。赤城の性格では気にしない訳が無いのだ。 赤城は考える。 「まぁ確かに? 『遊びたい』とは言ったけどさぁ、俺がしたかったのはテレビゲームなんだよっ、『モンハン』とかっ、『萌え二次』とかっ、そういう感じのやつなんだよ・・・・・・っ。こんなスプラッターなヤツなんて思ってないよぉぉぉぉぉ・・・・・・!」 じわじわと罪悪感に飲み込まれていく。そうやって溜め息をついていると、ふと或る事を思い付く。 「・・・・・・俺とアイツが話してるとこを、見た奴っていたりするのか?」 頭部装甲の下の顔が強張り、早口になっていく。 「此の事態が終わった時っ、事故調査委員会みたいなのが調べて、そして行く行くはガッコウの関係者に行き着いて其の内の誰かが『生徒の一人が怪しい女と話してた』みたいな証言をしようもんならっ・・・・・・ヤッベェ・・・・・・!?」 赤城は自分で言った言葉に動揺する。仮に言った通りに事が運び、結果として『今回の事件の元凶』として逮捕されようものなら、風当たりが強いでは済まされない。 頭には『極刑』の二文字が浮かんだ。どんな凶悪事件を引き起こした人物であっても、裁判では弁護士が付くし、犯人自身が意見を述べれるターンもある。しかし赤城にはネガティブが骨身に確りと染み込んでいる。予想は常にマイナスを下地にしてなされるのだ。 『最悪を想定した方が実際に最悪だった時に備えが出来ているし、ショックも和らいで心が楽』というのが、自らの思考を他人に説明する時に用いてきた見解だ。 口ではそう言うが、本当に最悪な事態が起きようものなら、赤城は激しく後悔してブツブツと文句を垂れてウジウジと引き摺るだろう。 所詮、赤城とは『愚か者』なのだ。 「いや待てっ!」 右手を瞬時に翳して話を止める仕草をバッと繰り出す。無論、何人も目の前に居ない。 「・・・・・・生きてるか?」 希望が見えたイントネーションで赤城が言う。 「人喰う生き物がウジャウジャいんのにっ、俺を見た奴が都合良く生き残っているか? いや居ないっ、居る訳が無いっ! そうだよ、其れだよ!」 心に余裕が生まれた。 「大体あの時は時間止まってんだから、何か記憶が途切れた感じっしょ・・・・・・? 大丈夫大丈夫」 あらかた喋った赤城は安堵していた。自分が血祭りにされる可能性が大きく減った事が見い出せた、此れは赤城の精神を確りとコーティングしたのだ。時間が止まっていた者の記憶がどんな物か赤城は知らない筈だが、人間とは楽な方に流れていくものだ。 「・・・・・・ていうか、アイツを突き出しゃいいのか」 一先ず落ち着き、赤城は言った。アイツとは勿論、魔女の事である。 「犯人捕まえマッポに渡す・・・・・・ってか?」 何となく頭をポリポリと掻く。頭部装甲に阻まれ、頭皮に届く事は無いのだが。 不意に指が頭部装甲の耳に触れた。 「・・・・・・」 徐に赤城は前のめりになって床を覗き込んだ。うっすらとだが、キツネ顔の人物が此方を見据えている。 「此の“力”は・・・・・・何て言うんだ?」 覗き込んだまま呟いた。 今の自分は明らかに常人では無い。後ろで死んでいる怪物と戦闘になり、火炎すら浴びて尚此れを倒して、自分は生き残った。常人のままであったのならば、会敵した時点で死んでいないと可笑しいのだ。 必死で構内を逃げ回っていた時の自分と、今現在の自分は全く違う。別人格とでも言えばいいだろうか。 つまり今の赤城は『赤城であって赤城ではない別人格の人物』なのだ。 ならば常人の時と区別するための、別人格への名前が必要である。と、赤城は考えた。 「どうすっかなぁ・・・・・・」 天井を見つめて思案する。上を向いても頭は冴えないのだが、特に意味は無い。 「力・・・・・・パワー・・・・・・マッスル・・・・・・ジュール・・・・・・ギガ・・・・・・ガイア・・・・・・フォース・・・・・・」 『力』に関係が有りそうな単語を言ってみる。しかし何れもピンと来ない。 赤城は一旦止め、別の観点から再度アプローチを試みる。 「何なのかが解らない・・・・・・正体が解らない・・・・・・アンノウン」 『アンノウン』という響きに一瞬心が反応したが、直ぐに沈静化した。某特撮ドラマに登場する敵の名前が『アンノウン』だった事を思い出したからだ。 「うぅぅぅぅぅん・・・・・・」 深く唸った後、がっくりと頭(こうべ)を垂れてしまった。完全な手詰まりである。 赤城にとって、既に有る物をベースにして空想するのは日常茶飯事だが、ゼロからの構築には適正が無かった。 「はぁ・・・・・・」 只名前を考えていただけなのに、赤城はナーバスになった。 「もう・・・・・・『怪人A』とかにしちゃおうかなぁ・・・・・・」 投げ遣りに呟く。頭の中では、アルファベットがグルグルと踊っている様であった。 G、E、J、R、V、S、L、F、N、T、X――― 「エックス?」 赤城の顔が上がる。 「エックス・・・・・・エックスねぇ・・・・・・」 心の反応が徐々に大きくなっていく。だが今一つ足りない。取り敢えず頭文字を変えてみる。 「エ・・・・・・オ・・・・・・ア・・・・・・ウ・・・・・・イ・・・・・・イ?」 心に何かが引っ掛かる。 「イ・・・・・・クス? ・・・・・・イクスっ!」 其の言葉を発した時、心の反応が最高潮に達する。同時に赤城はナーバスを見事に脱したのだ。 「良いねぇ、良いね良いねぇ! ぃよしっ、コイツの名前は『イクス』だ!」 勢い良く立ち上がり、誰も居ない空間に赤城、もといイクスは宣言した。 ―――ガチャリ 「ぅを?」 イクスが振り向くと瓦礫の上には、あのコーギーサイズのイナゴ擬きが五匹、何時の間にか群れていた。 「・・・・・・ピギュ」 内一匹がイクスに気付き、鳴いた。 「ども・・・・・・」 イクスは軽く会釈をする。 一人と一匹の間に、妙な空気と沈黙が生まれた。不思議な光景である。 「ピギャァァァァァ!!!!」 しかし直ぐ様イナゴ擬きはイクスに襲いかかった。顎を開いて一直線に飛んでくる。 「ぃよしょっ!」 イクスはイナゴ擬きの顔面を思い切り殴り付けた。カウンターを喰らったイナゴ擬きは『ピギュウ!』と鋭く鳴いて吹っ飛んでいく。 仲間が傷を受けた事を他のイナゴ擬きも気付き、顎を激しく開閉して戦闘体勢に入ったのをイクスは感じた。 古今東西の戦いに於ける要とは『数』である。数を満足に揃えられた方が其の場の軍勢を打ち破って尚、本丸を落として勝利を確固たるものに出来るのだ。 現状はイクス一人のイナゴ擬き五匹、セオリーならば此方の不利だ。しかしイクスは未だ冷静である。何故ならば、イクスは数を覆せる要素を知っていたからだ。 数を覆す要素、其れは『性能』である。数が要となるのは自分と相手の性能が互角だった場合だ。相手の性能よりも自分が一段以上優っていれば、数で押してこようとも覆す事が出来る。 代表的な例として、先の日中戦争に於ける重慶上空での戦闘が挙げられよう。日本海軍の零戦が、中国軍のI-15及びI-16から成る部隊に攻撃を仕掛けた。 其の時の零戦は僅か十三機、対して相手は三十四機と此方の倍以上。にも関わらず、零戦は一機の損失も出さずに敵機の殆んどを撃墜破したのだ。 当時の中国軍が用いていたI-15とI-16は初飛行が共に一九三三年であり、零戦は一九三九年である。双方の間には実に六年もの差があり、此れは戦時下に於いては迚も(とても)大きな差となる。 戦時の五年は平時の三倍に相当する』と言われている。当時の技術の最先端を注がれた零戦からしてみれば、I-15やI-16が自らに向かってくる様子は『ロートルの悪足掻き』にしか過ぎなかったわけである。 つまり『二メートルをゆうに超えて火炎すら吐いてくる怪物を倒した自分が、群れたところでコーギーサイズでしかないイナゴ擬きに負ける筈が無い』と、イクスは思っていたのだ。 イクスは『イナゴ擬きが怪物を上回る強さを持っている可能性が低い』とも推測していた。其れが思いと合わさり、今の冷静さを形成しているのだ。 「片腹痛し!」 イクスがイナゴ擬きを指差しながら言い放つ。すると四匹のイナゴ擬きが逆上してイクスに突っ込んで、来なかった。 ボボボボッ! イナゴ擬き達は口から青紫の光弾を吐き出した。其れらは全てイクスに見事に命中し、真紅の火花を散らせる。 「あぎゃひぃ!」 実に情けない声を挙げてイクスがよろけながら後退した。すかさず二匹のイナゴ擬きがイクスの両腕に取り付き、そのままイクスを仰向けに倒した。 ガジっ、 ガジっとアンダースーツの上腕を食んで火花を散らせているが、此れはテレビで見る極普通の火花だ。ダメージは無い。 「こっ・・・・・・のぉぉぉぉぉ!」 イクスがイナゴ擬きを取ろうとするが、腕の上に確りとしがみついているために、肘が殆んど曲がらないのだ。腕は上がっても、天井にキョンシーをして完結している。 ならばとイクスは跳ね起きた。腕が使えなくとも、まだ脚がある。噛まれるだけなら散るのは普通の火花、其の間に残りに蹴り込もう。そうイクスは踏み出した。 「はぬっ!?」 更に二匹のイナゴ擬きが両膝に飛び付いた。六本の脚で締め上げ、イクスの脚を完全に封じている。 「ふぅぅぅぎぃぃぃぃぃぃ!」 イクスはどうにか動こうとしたが、身動きが取れない事此の上無く、『半歩半』進むのがやっとだった。 「うぇぎゃん!?」 イクスの頭部装甲の正面に先程の光弾が命中し、脚が止められる。視界も揺れた。 視界を立て直すと、複眼に怒りの炎を燃やして(様に思える)イクスを見やるイナゴ擬きが一匹。最初に殴られた個体だろう。 ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! イクスの胸背装甲を中心に命中する光弾。其の度に真紅の火花が上がる。散り具合から察するにダメージは大きくないが、ゼロでも無い。受け続けるのは危険だ。 個々のイナゴ擬きの能力は怪物より低いのは明白である。なれど、仲間との連携を駆使して自分より上であろう相手と互角以上に渡り合い、こうして不利な状況にイクスを陥れている。 やはり『数は力』と認めざるを得なかった。性能は『戦術』と『技量』で覆される。 今のイクスはまるで、一撃離脱戦法とサッチウィーブを繰り出すワイルドキャットに翻弄される零戦だ。 尤も、『日の丸戦闘機』の代表格かつ日本人にとって特別な存在である零戦を、イクスという戦いのイロハも知らないド素人と同格に扱う事自体、どだい不敬な話なのだが。 ともあれ、イクスは反撃の出来ない現状に苛ついていた。相変わらず四匹のイナゴ擬きはしつこく抱き付き、同じくガジガジと食み続けている。 残った一匹は全ての脚を踏ん張り直して顎の中に青紫の光弾をチャージしていた。両の複眼でイクスの頭部装甲の正面に狙いを定め、顎から光が充分に漏れ出してから数秒後、イナゴ擬きは光弾を解き放った。 今までよりも倍は有りそうな光弾に、イクスは思わず頭部装甲の前に右腕を突き出した。肘が曲がれば少しはまともに防げるのだが、腕のイナゴ擬きが邪魔だ。手に防がれようが相応のダメージは確実である。 「ぎっ!?」 光弾がイクスの手に触れる寸前の其の時、イクスは反射的に光弾に対して垂直にしていた手を下に向けた。臆病風に吹かれただけなのだが、此れが思わぬ結果を生む。 光弾はイクスの手首の上をダメージを与えながら通過したが、取り付いていたイナゴ擬きの腹部に直撃して其れを大きく裂いたのだ。裂かれたイナゴ擬きが金切り声で飛び退き、イクスの右腕は解放された。 「んろぉ!」 さすがにイクスでも後は素早かった。左腕のイナゴ擬きに鉄拳を数発見舞って剥がすと、其のまま両膝の輩の顔面を各々鷲掴みにして力任せに引っ張った。 ミチミチと掌に伝わる感触。掌の下ではイナゴ擬きが顎から溢す(こぼす)酸化した血の様な液体が隙間から垂れていた。必死の抵抗を続けるイナゴ擬きも軈て(やがて)自我が遠退き、刹那、イクスは両手に首級を挙げて投げ捨てたのだ。 残された体達は行き場を失った本能が駆け回り、ビクンビクンとイクスの膝の上で断面から液体を撒きながら激しく暴れる。其れを横から殴り付けて退場させて、イクスは遂に解放された。 「野郎!」 イクスが光弾を自分に浴びせ続けたイナゴ擬きに向かった。イナゴ擬きが数発の光弾を吐いてきたが、イクスは全てを跳ねて躱しながら(かわしながら)距離を詰めると、渾身のサッカーボール・キックを放った。足の甲がイナゴ擬きの顔面を確実に捉え、勢い鋭く壁に叩き付ける。 「ピィギャァ!!!」 左腕に付いていたイナゴ擬きがイクスに光弾を吐く。鳴き声の中盤で気付いたイクスは体を反らしつつ振り返り、光弾はイクスの頭部装甲の鼻先を掠めた。 直ぐ様イクスは駆け出して、途中に転がっていた怪物の死骸から鉄パイプを引き抜き、天井近くまでジャンプすると着地に合わせて振り下ろした。イナゴ擬きの頭部は砕かれ、抵抗は起きなかった。 「ずぃ・・・・・・」 ゆっくりと立ち上がったイクスは鉄パイプを右肩に担いで周囲を見た。イクスに対するめぼしい脅威は既に無かった。腹が裂けた個体が鈍重に這いながら、飛び出た腸(はらわた)をズルズルと引きずって此方に敵意を向けてはいるが、敵にすら値しなかった。 「ビギャァ・・・・・・!!」 「・・・・・・」 イクスはイナゴ擬きに歩み寄ると、『何となく』イナゴ擬きの頭を踏み潰した。ぐじゃりと湿った音が耳に届くと同時に背を駆けた悪寒に、イクスは本気で後悔をする。パッと飛び退いて踏んだ足をブンブンと振り、付着した肉片と体液を撒き散らした。 どうにか納得出来るレベルまでに付着物を除くと、イクスは上の階を目指した。鉄パイプを構えて長めの階段を駆け上がると其処は、左方と前方に伸びる通路を持った逆L字の区画だった。 前方通路の先には改札口、其れを越えると東西を結ぶ大きな通路、そして奥にまた改札口。奥の改札口は赤城が乗り越えようとしたアレである。地下を経由して丁度真向かいに出てきた形だ。 左方通路は赤城がエレベーターまで駆け抜けた通路と対を成す。同じ幅、同じ長さ、同じ様に入る数々の店舗。此の通路の先に自宅へと運んでくれる京浜東北線の一番線と二番線が在るのだが、散乱した死体にイナゴ擬きが群がって貪っていた。まだ此方に気付いてはいないが、気が滅入る。 かといって改札先の東西通路は怪物の通り道である。ノコノコと歩けば最後、鴨葱と言わんばかりに嬲られて終いだ。ならば現時点で怪物が居ない左方通路を行くしかあるまい。 イクスは鉄パイプを握り直し、左方通路に向き合った。
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其の墓石は頂点が四角錐に尖った角柱である。香炉や線香台は無く、墓前には洗米と塩が供えられ、墓石の両側の花器には新しい榊(さかき)が生けられている。 |
其の風体は特殊極まりないものだった。 |
日頃から二番目に世話になっている電車が、ガッコウの最寄り駅の二番線から定刻通りに発車する。 |
「(アイツは魔女だ)」 |