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第六話 1-2

無数の流れは地下に這わされ、人々からは遠ざけられて隠れされている。

 

大抵の人間は此処に踏みいる事が出来ない。其れが今は吉と出ていた。

 

「う゛……」

 

赤城が気絶から覚める。

 

開ける眼に直ぐ様、光が飛び込む。反射的に手を翳し、光量を減らして眼を守った。ついでに体勢が仰向けで有る事を知覚した。

 

「つぁ~……!」

 

上体を起こすと体が痛い。

 

スポットライトの様に真上から差す光で足元を見るに、コンクリート的な材質の地面の上に居り(おり)、こんな所にマットも引かずに寝ていれば痛くなるのは当然である。

 

光の周りは一片の隙も無い闇に囲まれている。駅のホームの端から似た様な物を見たばかりだ。

 

「大丈夫かい?」

 

不意に背後から掛けられた声に反射して赤城は体を四分の三程度に捻り(ひねり)ながら、前方へと瞬時にダイブする。

 

恐る恐る首だけを動かして、足越しに先程までの背後を見ると、白い塊が自らの揃った両足の幅からはみ出て見えていた。

 

「し、失礼した。そんな反応を示すとは思わなかったんだ……」

 

聞き覚えのある声だ。

 

もう一度体を起こし、胡座をかいた其処にはザクの足元に居た、あの落ち着いた感じの個体である。

 

個体が赤城の眼を見、『あっ』という表情をするので赤城は小さくビクついた。しかし個体はやおら静かに深呼吸を数回繰り返し、自らを落ち着かせる。

 

「……改めて名乗ろう、僕は“てづま”。君は?」

 

「あっ……赤城、司です……」

 

「“あかぎつかさ”? ……か。宜しく頼むよ」

 

イントネーションからして、姓と名を連ねられて解釈された様だ。

 

直ぐに訂正したい気持ちが起きるが、今は其処じゃないと、流石の赤城もグッと堪える。

 

「此処は……何処、ですか……?」

 

「恐らくは……下水道ではないかな?」

 

“てづま”の言葉に光が駆動音と共に動く。見ると、あのメカニカルな蜻蛉が頭を下にして壁に張り付いていたのだ。複眼部から光を放って、立派に照明の務めを果たしている。

 

壁から離れ、ホバリングする蜻蛉が照らし出した下水道の内径は七メートルといったところ。赤城と“てづま”が居るのは、壁に取り付けた様に端に設けられた通路だ。幅は人が一人通れるかどうかしかなく、よくぞ今まで落ちなかったものである。

 

通路の直ぐ脇には、直径が三〇センチのパイプが走っている。そしてパイプの隣がニ、三段低くなっていて、其れが此の下水道の中心だ。中心は泥水みたいな液体が流れているが、浮遊物やら何やらの気配は無い。

 

『下水道』と意識しても、臭いは別段しなかった。昔に父親と行ったゴミ処理センターの中の方が、此処の千倍は臭ったのを覚えている。

 

「都合良く、此処へと通じる蓋が開きかけていたんだ。開ける術を持っていた者が、直前まで居たのだろうね」

 

“てづま”の言葉に、赤城はまず『ふ~ん……』とだけ思った。当たり前に人語を話している事に関しては、何となく受け入れている自分が居る。

 

次に『どうして下水道に居るのだろう?』と考えた。

 

思い出せたのは、極直近の過去までであった。

 

殴り飛ばされて宙を舞い、後ろから前へ流れてく景色。揺さ振られる脳、弾ける真紅の火花、倒れた体に染み渡る痛み。

 

そして見下ろす蝗王の眼からは、呆れの感情が見えた気がした。

 

「あ゛っ!?」

 

緊張で生唾を飲んだ直後に喋ると出る掠れ。赤城の叫びに、さしもの“てづま”も毛が逆立った。

 

「むっ……虫ぃ! 虫虫虫っ! 虫はっ!? あれっ!? 一杯っ、うじゃうじゃっ……あっ、あの人! ザクザクっ!」

 

混乱し、『グォっ!』と“てづま”に赤城は顔を向ける。

 

「い……今、君の言った事を理解するのに努めているところだ……」

 

今に到って赤城は、其れはパニクっていた。

 

人を喰う化け物が闊歩している。其の現実を思い出してしまっては、赤城でなくとも誰しもが恐れおののいて然るべきだ。

 

加えて今の赤城はイクスではない。エンカウントしたら最後、一分と持たずに骸と化すだろう。

 

「ぉぉぉぉぉ……!」

 

赤城は唸るしか無かった。

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【2017/05/27 21:03 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
第六話1-1 『跳ぶ』

其の波は、東北の都にも及んでいた。

 

主要な道路に停められている幾多の車は軒並み破壊され、炎と煙が上がっているのも少なくない。

 

加えて其処らに散乱する人間の残骸と、口元を血で汚して其れを貪るイナゴ擬きと怪物という『化け物』の群れが闊歩する様は、『地獄変』の言葉が相応しかろう。

 

『子孫が千代まで栄える様に』と名付けられた此の都も、今は見るも無惨な状況であった。

 

今現在、空には蒼い月が煌々と昇っている。ビルの屋上で注がれる月光を一身に浴び、魔女はヌイグルミを膝に乗せ、血染めの迷彩柄のヘルメットを手に取って眺めていた。

 

化け物の群れが飛来する前から、通達を受けていた此の地の自衛隊が迎撃の構えを取っていた。そして怪物が都の土を踏むと、直ちに火蓋が切られる。

 

自衛隊員達は良く訓練されていて勇敢で、実に統率が取れていた。

 

だが彼らの持つ小銃から放たれた銃弾は、怪物の外骨格の上を跳ねるだけで、逆に怪物の神経を逆撫でてしまう。

 

化け物の群れは自衛隊員達に突撃し、ある者は怪物に殴られて胴体を真っ二つに千切られ、ある者は其れの火炎に焼かれて消し炭となり、背後からイナゴ擬きに襲われて骸と化したりもしていた。

 

そんな状況に於いても、六人の自衛隊員が一匹の怪物の複眼に銃弾をフルオートで集中させ、軈て其の奥に在る脳神経球を破壊した。

 

怪物が地に伏した瞬間、自衛隊員達は雄叫びを挙げる。

 

『複眼を狙う』という対処は瞬く間に広がり、複眼以外に腹部を撃つ者も自然発生した。

 

最終的には乗ってきた装輪装甲車の上部に付いている、自動式の擲弾銃で面攻撃を行って機先を制し、其処に銃弾を浴びせるという手段が主流とする。

 

確かに擲弾銃の威力は目覚ましく、イナゴ擬きは当り所が良ければ一発、そうでなくとも二発で殺せる。怪物に対しても、肘や膝の関節に当たれば動きを鈍らせられた。

 

其れでも化け物の物量と勢いは如何ともしがたく、結果として押された自衛隊員達は生存者を率いて後退。防衛線を築き、次に備えて現在に至る。

 

魔女がヘルメットを、下から優しく放り投げた。

 

ヘルメットはスローリーに放物線を描く。頂点に達した所で魔女の指鉄砲から放たれた、たった一発のショッキング・ピンクの微小な光弾が、ヘルメットを忽ち(たちまち)に粉砕してしまった。

 

ビルの真下に居た化け物の群れは、空でショッキング・ピンクの閃光が炸裂したために其れまでの行動を止め、空に眼を向ける。

 

魔女は眼に灯りを灯しつつヌイグルミを抱え、眼下の群れを目掛けて微笑みながら飛び降りた。

 

其の時の魔女の頭の中は、王宮駅に残した赤城の事が浮かんでいた。
【2017/05/23 20:40 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
第五話1-2 『イクス』
 「ぃあぁぁぁぁぁ!」
 
虚勢一発、イクスは左方通路を全力疾走する。百メートルを七秒で走破するスピードを発揮し、ひたすらに突破だけを考えて突き進んだ。
 
しかし肝心のイナゴ擬きは外界を遮断して肉を咀嚼する事に務めており、決意が徒労に終わっている事をイクスは知るよしも無い。
 
突き当たりの壁に半ばショルダータックルを当てる形でスピードを殺し、素早く左の下り階段へ身を投じると、イクスは今来た道を壁越しに慎重に見た。追撃者はゼロだ。
 「
うしっ」
 
イクスは下を目指す。全力疾走後ではあるが、息は全く乱れてはいない。程無くしてホームへと着いたイクスは、下に向けていた視線を上げて双方の路線に電車が到着しているのを確認した。
 「
やべっ!」
 
車内の窓や床は、ぶちまけられた血やへばり付いた肉片で埋め尽くされていた。其れを見てイクスは慌てて下からは見えない位置まで階段を戻り、僅かな壁の隙間から階下を観察する。
 
車内を彩っているのは乗客達の成れの果てだろう。イナゴ擬きや怪物は視認出来ないが、乗っていないとは断言出来ない。線路を歩いて行けばとイクスは思っていたが、此所はホームの末端近くである。電車が停まっているとなれば、地下の時の様に行動しなければならず、しかも今回はエンカウントが必至と想定された。
 「
・・・・・・無理だ」
 
イクスは線路を諦めた。階段を昇って最初と同じ様に全力疾走した道を見る。まだゼロだった。
 
ちらと眼をやった先は、噴水に通じる改札口である。赤城が休日に王宮駅に来た時に使う物で、実は改札を出て左へ進むと東口に降りる階段が有るのだ。現状を鑑みるに、出口は其処だけだ。
 「
やったらぁな・・・・・・!」
 
イクスは行動に移した。姿勢を低くしつつも可能な限りの速度で改札を目指し、手前で軽く跳んで目標を越えた。直ぐ様真横に移動して壁づたいにカクカクと動き、壁の終わりまで来ると左眼の隅の奥に映る窓を定めて駆けた。
 
窓の前でイクスは止まった。目当ての階段は直ぐ右手だ。だがイクスはそちらに向く事無く、窓の外を眺めて動かなかった。
 
眼下のロータリーに転がるタクシーとバス。幾つかの車両からは火があがり、黒煙が立ち上っていた。アスファルトの地面は広範囲が赤く染められて、少なくない死体の残骸が見受けられる。案の定、結構な数の怪物達が跋扈していた。
 
けれども、怪物達に混じって少なからずの人間達が居る。いや、『人間の形をした者達が居る』と言った方が正しかった。存在達は怪物に臆する事無く立ち向かい、善戦している様に見える。良く良く眼を凝らすと死体の他に怪物の死骸が確認出来た。死体と思っていた物の中にはイナゴ擬きの死骸も紛れている様で、イクスは呆気に取られた。
 「
何が居んだよ・・・・・・」
 
状況を把握しようと、外に意識を傾け過ぎたのがいけなかった。危機がイクスの背後にまで迫っている事に気付けなかったのだ。
 「
ギュアアアアア!!!!!」
 「
げっ!?」
 
振り返る途中でイクスは怪物に首を掴まれ、猛烈に壁に押し当てられて其れを突き破った。飛び散る壁の破片を伴い、イクスは怪物と共にタクシー乗り場の庇を破壊して地面に激突した。
 「
むげっ! むげぇ!」
 
イクスは首を怪物に強く押さえ付けられて動けない。体感的にはV字に曲がっている気が犇犇とするのだが、其れは杞憂に過ぎない。
 
怪物がイクスの首から手を離して、拳を打ち据えようと勢い良く振りかぶった。


 
バシュンバシュンバシュン!


 
突如立て続けに響いた発砲音。怪物に三発の淡灰色のビーム弾が直撃し、脇腹が穿たれた。
 「
ギュア゛!?」
 
怪物が慌ててビーム弾が飛んできた方向を見るのと、二つの白い物体が突撃を敢行したのが同時であった。
 「
どっしゃあ!」

  「せぇい!」
 
気合いと共に怪物がイクスから弾き飛ばされた。出来事に着いていけず、イクスは転がり行く怪物を呆けて見ていた。其処に声が掛かる。
 「
大丈夫か!?」
 
自らに駆け寄って左手を差し出した相手に、イクスはギョッとした。
 
頭部、胸背、両肩、両前腕、両手、両膝、両下腿、両足に濃灰色の各種装甲。装甲の下に淡灰色のアンダースーツを着、腰にはバックルとバンドと土台が濃灰色で、バックルの中心の水晶玉が淡灰色であるベルトを巻いていた。
 
そして頭部装甲の眼は、ゴルフボール程のクリスタル質の黄色いモノアイだ。
 「
ぶ、無事です・・・・・・」
 
差し出された手を取りながらイクスは答える。立ち上がり、改めて目の前の存在を見ると、『イクスと同じ』である事が解る。ただ色彩はイクスと比べて地味であるし、各種装甲の雰囲気も所謂『量産型』に準じている印象を受けた。何より『獣人型』ではなく、完全なる『人間型』だ。
 「
(ザクっぽい)」
 
イクスはそう思った。
 
するとザクが突然、イクスを横に突き飛ばした。考えが読まれたかと焦ったが、ザクは再び攻勢を掛けてきた怪物に応戦するのだった。
 
ザクの右手にはスカルマグナム並みの大型拳銃が握られていた。ザクのバックルの水晶玉が発光を始め、銃口から先程のビーム弾が数発放たれて怪物の胸に命中する。
 「
ギュゲァァァァァ!!!」
 
怪物は怯まずにザクを目指す。大きく振り上げた右側の腕をザクに見舞った。
 
其れをジャンプで避けたザクは反対側に越えながら距離を取り、怪物の背中に発砲しながら着地した。
 
直ちに怪物は振り返って火炎をザクに浴びせるが、ザクの足元を駆け抜けて、先程の二つの物体が立ちはだかった。
 
二つの物体は四つ脚の獣の様だ。大きさはキタキツネと変わらない様で、二匹の手前で火炎は反発する磁石みたいに押し返されていた。
 「
セセラギっ!」
 「
ああ!」
 
二匹が跳び退いて火炎が弾け消え、ビーム弾を撃ち込みながら距離を詰めたザク―――セセラギは、何時の間にか手にしていた左手のサバイバル・ナイフと思われる刃物を、怪物の胸部の脆くなっていた箇所に突き刺した。
 「
ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」
 
サバイバル・ナイフが深く突き刺さり、体液が外に流れ出している。怪物は満足に動けない様で、赤城は心臓を刺したのではないかと思った。
 「喰らえ・・・・・・!」
 
セセラギは唐突にサバイバル・ナイフを抜き、大型拳銃を穴に突きつけた。

 セセラギは引き金を立て続けに引き、幾多のビーム弾が怪物の体内を引き裂いた。
 「ギュゲァ・・・・・・!」
 胸部を散々に屠られても尚、怪物は膝を着かない。両の複眼はセセラギを捉えて離さず、ギラつき、未だ殺す事を諦めていない。
 全ての手を拳にし、腕全体に有らん限りの力を込め、やがて後ろに倒れて静かに事切れた。
 セセラギは怪物に背を向け、イクスの方に歩み寄ると唐突に切り出した。
 「君は、何処の隊の所属か?」
 「えぅっ?」
 「どうした?」
 「いゃ・・・・・・いえ。自分は、何処の隊にも属してはいませんが・・・・・・」
 「属していない?」
 「全く、何処にも・・・・・・」
 「有り得ない。ダキニを纏うのは荒子省(あらごしょう)に籍を置く全員と、憲門省(けんもんしょう)で『備(そなえ)』の位を持つ奴だけだ。『備』との歩調協同は発令されていない。だから君は私と同じ、荒子省が各幻隧道(げんずいどう)を防衛するために配置した隊に所属している筈だ」
 「おぉ・・・・・・お・・・・・・?」
 「君のダキニが全く知らない系統であるのは気になってはいるが・・・・・・見たところ、白狐(びゃっこ)も連れていないのか?」
 話がまるで理解出来なかった。聞いた事の無い単語のオンパレードは、イクスを迷宮に閉じ込めた。
 言葉に詰まって固まるイクスを、セセラギは何するとも無く見ていた。しかしフルフェイスの頭部装甲のせいで表情は見えないが、イクスを訝しんでいる事は感じ取れた。だがイクスの反応は当然である、何もかもが解らないのだ。
 「お前、名前は?」
 イクスとセセラギの間の空気を、不意に別の声が不審の籠ったトーンで割り込んだ。しかしセセラギの他には誰も居らず、イクスはセセラギの肩越しを左右から覗いてみるが、やはり居ない。
 「下だ、下」
 言われた通りにイクスは下を見た。
 セセラギの足元の両脇に、先程の二匹の動物が居た。大きさもそうだったが、姿もキタキツネと変わらない。ただ二匹共に雪の様に白い毛並みで、尾の後ろ半分が黒く、黄土色の虹彩と黒い瞳を持ち、首に紅白の注連縄を巻いている。
 またイクスから見て右の個体は眼付きが鋭く、両前足の足先から肉球の『掌球』の直ぐ後ろと思われる位置までが黒い。逆に左の個体は右と比べて落ち着いた印象で、此方は両後ろ足の足先から肉球の『掌球』の直ぐ後ろまでが黒かった。
 「キツネ?」
 イクスが首を傾げる。
 「はぁ? 俺達はびゃっこだ」
 右の個体が人間と同じく確りと口を動かし、はっきりと人語でイクスに答えた。
 「わぉぅ!?」
 イクスが数歩飛び退いた。
 「えぇっ!? えぇ!?」
 「・・・・・・何が言いたいんだ?」
 「うぁぁぁ・・・・・・」
 「落ち着いて。焦らなくても大丈夫だから」
 やり取りを見ていた左の個体が、イクスに声を掛けた。
 先ずは此方から名乗ろう。僕達は―――」


 リィィィィィ!!!


 左の個体の紹介を擘く警報が遮った。足元で爆竹が爆ぜたかの如く跳ねたイクスはやがて、セセラギの肩口に飛来して蜻蛉の形をした、オニヤンマより一回り程大きい物体に気付いた。
 蜻蛉はメカニカルで、人工物だった。警報の他に複眼を激しく点滅させて、差し迫った事態を知らせている。
 怪物相手とは違う、其の場に満ちていく緊迫感に、イクスは慄いた。
 見渡す地上、見上げる空中。首の可動域、視力の許す限りにイクスは辺りを伺う。鉄パイプを地面に激突した際に落とした事を大いに悔やみ、両の拳を力を込めて握るしかなかった。
 「来たぞ!」
 離れた所に居た別人のザクが指差した空を、其の場の全員が注目した。
 雲の下を黒い物体が飛んでいるのを確認して、反射的にイクスは魔女だと思った。セセラギも含め、ザク達は物体目掛けて弾幕を形成したが、物体は全く意に介さずに全速で突っ込み、無傷で地上に降り立った物体を見たイクス以外の者達は戦慄した。
 人体と然程変わらないスタイルの体に、推定百八十三センチの身長。全身を包む外骨格は洗練された鎧と見紛うばかりで、漆黒と深いモルフォブルーが入り交じっている。背の翅には黒・赤・黄色の稲妻状の紋様が複雑に配され、『凶悪に擬人化されたトノサマバッタ』と形容出来る顔をしていた。
 「こ、蝗王(こうおう)・・・・・・!?」
 セセラギの声が震えていた。確かに閉じられた背の翅は持ち主を蛮カラのマントの様に包み、色合いも相俟って荘厳で、『蝗王』と呼ばれた個体の威圧感を更に増している。
 しかしセセラギの震えはもっと根源的な問題に端を発し、セセラギ以外のザクや、左右の個体以外の白狐達も同様の感情に心を支配されている様だった。
 不意に蝗王の眼と、イクスの眼が合わさった。
 「撃てぇぇぇぇぇ!」
 蝗王に向けられていた全ての大型拳銃が一斉に火を噴いた。出来る限りに連射される数多のビーム弾が蝗王に命中するが、蝗王の体には掠り傷の一つも付かない。
 「何をしているんだ! 君も加勢してくれ!」
 「ぅえっ!?」
 左の個体がイクスに叫んだ。
 「つ、突っ込めと!?」
 「近距離のダキニなのかい!?」
 「丸腰ですよぉ!」
 「何だって!?」
 左の個体とイクスの応酬を余所に、蝗王はビームを受けながら手を顔に当てて溜め息を吐く様に俯くと、当ててない方の腕全体から陽炎が生じて緩やかに渦巻いた。極々僅かだが、青紫の色が含まれている。
 ヒュっ、と陽炎が先程に空を指したザクの方に放たれた。


 ズガァァァァァンッ!!!!!


 陽炎は広範囲の大地を消し飛ばした。激しく舞うアスファルトの破片の嵐で、ザク達の姿は確認出来ない。
 「此方セセラギ! 蝗王飛来! 繰り返す! 蝗王飛来―――」
 「セセラギがメカニカルな蜻蛉に対しての状況説明の間、残りのザク達は蝗王に向けていた大型拳銃の銃口に、単灰色のビームをチャージしていた。バックルの水晶玉が一際力強く輝いている。
 「此れだけの力技(りょくぎ)が集まれば・・・・・・!」
 セセラギもまた、水晶玉を輝かせてビームをチャージしている。当の蝗王はしかし、微塵も対応する素振りを見せていない。


 俺もアレが欲しい―――


 イクスがセセラギの武器を見ながら思った時、大型拳銃を構えた全員のチャージ・ビーム弾が蝗王を襲った。
 全てのチャージ・ビーム弾が同時に蝗王へ着弾し、炸裂したエネルギーの余波で巻き上げられたアスファルトの砂礫と煙が、周囲の世界を遮る。
 「うわっ!? ゴフォっ! ゲフォっ!」
 イクスは条件反射で咳き込んで手を振り回した。実際は頭部装甲のお陰で、全く影響は無いのだが。
 「見えなっ! どうなったぁ!?」
 「お前黙れ!」
 無警戒なイクスに、眼付きの鋭い個体が吠えた。
 ゆらり。
 影がイクスの前に躍り出る。
 「おっ・・・・・・」
 不意に探し物が見つかった時のトーンで、イクスが言葉を発した次には、蝗王の健在が確認された。
 「蝗王!」
 セセラギが大型拳銃の引き金を引くより速く、蝗王は片側の翅を広げた風圧でセセラギと個体達を吹き飛ばした。
 「ちょっ!? んぐっ!?」
 セセラギに気を取られたイクスを、蝗王が片腕でのネック・ハンギング・ツリーで吊し上げる。必死に藻掻くイクスを蝗王はじっと見つめ、やがて口を開いた。
 「ヤツハ、ドコダ?」
 怪物の本能に塗れた咆哮とは明らかに一線を画す、確固たる理性を伴った音節。蝗王もまた、人語を発してイクスに問うた。
 「ドコニイル?
 「~!」
 「ニオッテイルゾ」
 「~!!!」
 やがて蝗王の態度に怒気が滲んできた。無論、イクスには気付く余裕が有る筈も無い。
 「ツグムカ、ワッパ・・・・・・」
 そして蝗王がフッ、とイクスを離すと、ボディーブローを叩き込んだ。
 陽炎も無い、単純で普通のパンチ。当人としては苛ついて壁に八つ当たるぐらいの感覚と思われ、結果を言えば、イクスは十メートル程吹っ飛ばされただけだ。
 だが宙を舞っている間のイクスの全身からは、真紅の火花が盛大に連鎖的に散っていた。火花が爆ぜる度にイクスの装甲は砕け、アンダースーツが裂ける。イクスが受けたダメージは途方も無かった。
 「がぁ!」
 イクスはアスファルトに叩き付けられてゴロゴロと転がり、やがて仰向けで止まった。体に残っている装甲やアンダースーツが、真紅の閃光の破片となって剥がれ落ち、先に地に落ちていた諸々の破片と共に風へと消える。
 イクスは赤城に戻った。
 赤城が呻く。着ている服や靴に損傷は何処にも無く、傍目には何ともない。しかし肉体には、確固たる痛みがある。ひ弱な赤城が立ち上がれない程に。
 頭がぐわんぐわんとしている。今まで知覚していた状況が徐々に解らなくなって、焦点もボヤけてきた。
 「ゼイジャクナ・・・・・・」
 歩を進めた蝗王が、足元の赤城に卑下の響きを吐き捨てる。
 此の日赤城は、人生初の気絶を経験した。
 

【2014/06/02 21:34 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
第五話1-1 『イクス』
 「俺が言ったから?」
 
赤城は踊り場の床に座り込んで、考え事を口に出していた。
 「
俺が言ったから・・・・・・なの・・・・・・かなぁ?」
 
腕を組んで『う~ん』と唸る。脳内の議題は『今の事態を引き起こした責任は自分に有るか?』、である。
 
魔女に『同志』と言われ、『私と同じ“遊び”を望んでいた』と言われた。赤城の性格では気にしない訳が無いのだ。
 
赤城は考える。
 「
まぁ確かに? 『遊びたい』とは言ったけどさぁ、俺がしたかったのはテレビゲームなんだよ。『モンハン』とか、『萌え二次』とか、そういう感じのやつなんだよ。こんなスプラッターなヤツなんて思ってないよぉ・・・・・・」
 
じわじわと罪悪感に飲み込まれていく。そうやって溜め息をついていると、ふと或る事を思い付く。
 「
・・・・・・俺とアイツが話してるとこを、見た奴っていたりするのか?」
 
頭部装甲の下の顔が強張り、早口になっていく。
 「
後に此の事態が終わった時っ、事故調査委員会みたいなのが調べるだろう。そして行く行くはガッコウの関係者に行き着いて其の内の誰かが『生徒の一人が怪しい女と話してた』みたいな証言をしようもんならっ・・・・・・俺ヤバくない?」
 
赤城は自分で言った言葉に動揺する。仮に言った通りに事が運び、結果として『今回の事件の元凶』として逮捕されようものなら、風当たりが強いでは済まされない。
 
頭には『極刑』の二文字が浮かんだ。どんな凶悪事件を引き起こした人物であっても、裁判では弁護士が付くし、犯人自身が意見を述べれるターンもある。しかし赤城にはネガティブが骨身に確りと染み込んでいる。予想は常にマイナスを下地にしてなされるのだ。
 『
最悪を想定した方が実際に最悪だった時に備えが出来ているし、ショックも和らいで心が楽』というのが、自らの思考を他人に説明する時に用いてきた見解だ。
 
口ではそう言うが、本当に最悪な事態が起きようものなら、赤城は激しく後悔してブツブツと文句を垂れてウジウジと引き摺るだろう。
 
所詮、赤城とは『愚か者』なのだ。
 「
いや待てっ!」
 
右手を瞬時に翳して話を止める仕草をバッと繰り出す。無論、何人も目の前に居ない。
 「
・・・・・・生きていると思うか?」
 
希望が見えたイントネーションで赤城が言う。
 「
こんな訳解んなくて人を喰う生き物がウジャウジャ跋扈する状況で、俺を見た奴が都合良く生き残っているか? いや居ないっ、居る訳が無いっ! そうだよ、其れだよ!」
 
心に余裕が生まれた。
 「
大体あの時は時間止まってんだから、何か記憶が途切れた感じっしょ? 大丈夫大丈夫」
 
あらかた喋った赤城は安堵していた。自分が血祭りにされる可能性が大きく減った事が見い出せた、此れは赤城の精神を確りとコーティングしたのだ。時間が止まっていた者の記憶がどんな物か赤城は知らない筈だが、人間とは楽な方に流れていくものだ。
 「
・・・・・・ていうか、アイツを突き出しゃいいのか」
 
一先ず落ち着き、赤城は言った。アイツとは勿論、魔女の事である。
 「
犯人捕まえマッポに渡す、潔白示すにゃ其れ一番・・・・・・ってか?」
 
何となく頭をポリポリと掻く。頭部装甲に阻まれ、頭皮に届く事は無いのだが。
 
不意に指が頭部装甲の耳に触れた。
 「
・・・・・・」
 
徐に赤城は前のめりになって床を覗き込んだ。うっすらとだが、キツネ顔の人物が此方を見据えている。
 「
此の“力”は・・・・・・何て言うんだ?」
 
覗き込んだまま呟いた。
 
今の自分は明らかに常人では無い。後ろで死んでいる怪物と戦闘になり、火炎すら浴びて尚此れを倒して、自分は生き残った。常人のままであったのならば、会敵した時点で死んでいないと可笑しいのだ。
 
必死で構内を逃げ回っていた時の自分と、今現在の自分は全く違う。別人格とでも言えばいいだろうか。
 
つまり今の赤城は『赤城であって赤城ではない別人格の人物』なのだ。
 
ならば常人の時と区別するための、別人格への名前が必要である。と、赤城は考えた。
 「
どうすっかなぁ・・・・・・」
 
天井を見つめて思案する。上を向いても頭は冴えないのだが、特に意味は無い。
 「
力・・・・・・パワー・・・・・・マッスル・・・・・・ジュール・・・・・・ギガ・・・・・・ガイア・・・・・・フォース・・・・・・」
 『
力』に関係が有りそうな単語を言ってみる。しかし何れもピンと来ない。
 
赤城は一旦止め、別の観点から再度アプローチを試みる。
 「
何なのかが解らない・・・・・・正体が解らない・・・・・・アンノウン」
 『
アンノウン』という響きに一瞬心が反応したが、直ぐに沈静化した。某特撮ドラマに登場する敵の名前が『アンノウン』だった事を思い出したからだ。
 「
うぅぅぅぅぅん・・・・・・」
 
深く唸った後、がっくりと頭(こうべ)を垂れてしまった。完全な手詰まりである。
 
赤城にとって、既に有る物をベースにして空想するのは日常茶飯事だが、ゼロからの構築には適正が無かった。
 「
はぁ・・・・・・」
 
只名前を考えていただけなのに、赤城はナーバスになった。
 「
もう・・・・・・『怪人A』とかにしちゃおうかなぁ・・・・・・」
 
投げ遣りに呟く。頭の中では、アルファベットがグルグルと踊っている様であった。


 
G、E、J、R、V、S、L、F、N、T、X―――


 「
エックス?」
 
赤城の顔が上がる。
 「
エックス・・・・・・エックスねぇ・・・・・・」
 
心の反応が徐々に大きくなっていく。だが今一つ足りない。取り敢えず頭文字を変えてみる。
 「
エ・・・・・・オ・・・・・・ア・・・・・・ウ・・・・・・イ・・・・・・イ?」
 
心に何かが引っ掛かる。
 「
イ・・・・・・クス? ・・・・・・イクスっ!」
 
其の言葉を発した時、心の反応が最高潮に達する。同時に赤城はナーバスを見事に脱したのだ。
 「
良いねぇ、良いね良いねぇ! ぃよしっ、コイツの名前は『イクス』だ!」
 
勢い良く立ち上がり、誰も居ない空間に赤城、もといイクスは宣言した。


 
―――ガチャリ


 「
ぅを?」
 
イクスが振り向くと瓦礫の上には、あのコーギーサイズのイナゴ擬きが五匹、何時の間にか群れていた。
 「
・・・・・・ピギュ」
 
内一匹がイクスに気付き、鳴いた。
 「
ども・・・・・・」
 
イクスは軽く会釈をする。
 
一人と一匹の間に、妙な空気と沈黙が生まれた。不思議な光景である。
 「
ピギャァァァァァ!!!!」
 
しかし直ぐ様イナゴ擬きはイクスに襲いかかった。顎を開いて一直線に飛んでくる。
 「
ぃよしょっ!」
 
イクスはイナゴ擬きの顔面を思い切り殴り付けた。カウンターを喰らったイナゴ擬きは『ピギュウ!』と鋭く鳴いて吹っ飛んでいく。
 
仲間が傷を受けた事を他のイナゴ擬きも気付き、顎を激しく開閉して戦闘体勢に入ったのをイクスは感じた。
 
古今東西の戦いに於ける要とは『数』である。数を満足に揃えられた方が其の場の軍勢を打ち破って尚、本丸を落として勝利を確固たるものに出来るのだ。
 
現状はイクス一人のイナゴ擬き五匹、セオリーならば此方の不利だ。しかしイクスは未だ冷静である。何故ならば、イクスは数を覆せる要素を知っていたからだ。
 
数を覆す要素、其れは『性能』である。数が要となるのは自分と相手の性能が互角だった場合だ。相手の性能よりも自分が一段以上優っていれば、数で押してこようとも覆す事が出来る。
 
代表的な例として、先の日中戦争に於ける重慶上空での戦闘が挙げられよう。日本海軍の零戦が、中国軍のI-15及びI-16から成る部隊に攻撃を仕掛けた。
 
其の時の零戦は僅か十三機、対して相手は三十四機と此方の倍以上。にも関わらず、零戦は一機の損失も出さずに敵機の殆んどを撃墜破したのだ。
 
当時の中国軍が用いていたI-15I-16は初飛行が共に一九三三年であり、零戦は一九三九年である。双方の間には実に六年もの差があり、此れは戦時下に於いては迚も(とても)大きな差となる。
 
戦時の五年は平時の三倍に相当する』と言われている。当時の技術の最先端を注がれた零戦からしてみれば、I-15I-16が自らに向かってくる様子は『ロートルの悪足掻き』にしか過ぎなかったわけである。
 
つまり『二メートルをゆうに超えて火炎すら吐いてくる怪物を倒した自分が、群れたところでコーギーサイズでしかないイナゴ擬きに負ける筈が無い』と、イクスは思っていたのだ。
 
イクスは『イナゴ擬きが怪物を上回る強さを持っている可能性が低い』とも推測していた。其れが思いと合わさり、今の冷静さを形成しているのだ。
 「
片腹痛し!」
 
イクスがイナゴ擬きを指差しながら言い放つ。すると四匹のイナゴ擬きが逆上してイクスに突っ込んで、来なかった。


 ボボボボッ!


 
イナゴ擬き達は口から青紫の光弾を吐き出した。其れらは全てイクスに見事に命中し、真紅の火花を散らせる。
 「
あぎゃひぃ!」
 
実に情けない声を挙げてイクスがよろけながら後退した。すかさず二匹のイナゴ擬きがイクスの両腕に取り付き、そのままイクスを仰向けに倒した。
 
ガジっ、 ガジっとアンダースーツの上腕を食んで火花を散らせているが、此れはテレビで見る極普通の火花だ。ダメージは無い。
 「
こっ・・・・・・のぉぉぉぉぉ!」
 
イクスがイナゴ擬きを取ろうとするが、腕の上に確りとしがみついているために、肘が殆んど曲がらないのだ。腕は上がっても、天井にキョンシーをして完結している。
 
ならばとイクスは跳ね起きた。腕が使えなくとも、まだ脚がある。噛まれるだけなら散るのは普通の火花、其の間に残りに蹴り込もう。そうイクスは踏み出した。
 「
はぬっ!?」
 
更に二匹のイナゴ擬きが両膝に飛び付いた。六本の脚で締め上げ、イクスの脚を完全に封じている。
 「
ふぅぅぅぎぃぃぃぃぃぃ!」
 
イクスはどうにか動こうとしたが、身動きが取れない事此の上無く、『半歩半』進むのがやっとだった。
 「
うぇぎゃん!?」
 
イクスの頭部装甲の正面に先程の光弾が命中し、脚が止められる。視界も揺れた。
 
視界を立て直すと、複眼に怒りの炎を燃やして(様に思える)イクスを見やるイナゴ擬きが一匹。最初に殴られた個体だろう。


 
ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ!


 
イクスの胸背装甲を中心に命中する光弾。其の度に真紅の火花が上がる。散り具合から察するにダメージは大きくないが、ゼロでも無い。受け続けるのは危険だ。
 
個々のイナゴ擬きの能力は怪物より低いのは明白である。なれど、仲間との連携を駆使して自分より上であろう相手と互角以上に渡り合い、こうして不利な状況にイクスを陥れている。
 
やはり『数は力』と認めざるを得なかった。性能は『戦術』と『技量』で覆される。
 
今のイクスはまるで、一撃離脱戦法とサッチウィーブを繰り出すワイルドキャットに翻弄される零戦だ。
 
尤も、『日の丸戦闘機』の代表格かつ日本人にとって特別な存在である零戦を、イクスという戦いのイロハも知らないド素人と同格に扱う事自体、どだい不敬な話なのだが。
 
ともあれ、イクスは反撃の出来ない現状に苛ついていた。相変わらず四匹のイナゴ擬きはしつこく抱き付き、同じくガジガジと食み続けている。
 
残った一匹は全ての脚を踏ん張り直して顎の中に青紫の光弾をチャージしていた。両の複眼でイクスの頭部装甲の正面に狙いを定め、顎から光が充分に漏れ出してから数秒後、イナゴ擬きは光弾を解き放った。
 
今までよりも倍は有りそうな光弾に、イクスは思わず頭部装甲の前に右腕を突き出した。肘が曲がれば少しはまともに防げるのだが、腕のイナゴ擬きが邪魔だ。手に防がれようが相応のダメージは確実である。
 「
ぎっ!?」
 
光弾がイクスの手に触れる寸前の其の時、イクスは反射的に光弾に対して垂直にしていた手を下に向けた。臆病風に吹かれただけなのだが、此れが思わぬ結果を生む。
 
光弾はイクスの手首の上をダメージを与えながら通過したが、取り付いていたイナゴ擬きの腹部に直撃して其れを大きく裂いたのだ。裂かれたイナゴ擬きが金切り声で飛び退き、イクスの右腕は解放された。
 「
んろぉ!」
 
さすがにイクスでも後は素早かった。左腕のイナゴ擬きに鉄拳を数発見舞って剥がすと、其のまま両膝の輩の顔面を各々鷲掴みにして力任せに引っ張った。
 
ミチミチと掌に伝わる感触。掌の下ではイナゴ擬きが顎から溢す(こぼす)酸化した血の様な液体が隙間から垂れていた。必死の抵抗を続けるイナゴ擬きも軈て(やがて)自我が遠退き、刹那、イクスは両手に首級を挙げて投げ捨てたのだ。
 
残された体達は行き場を失った本能が駆け回り、ビクンビクンとイクスの膝の上で断面から液体を撒きながら激しく暴れる。其れを横から殴り付けて退場させて、イクスは遂に解放された。
 「
野郎!」
 
イクスが光弾を自分に浴びせ続けたイナゴ擬きに向かった。イナゴ擬きが数発の光弾を吐いてきたが、イクスは全てを跳ねて躱しながら(かわしながら)距離を詰めると、渾身のサッカーボール・キックを放った。足の甲がイナゴ擬きの顔面を確実に捉え、勢い鋭く壁に叩き付ける。
 「
ピィギャァ!!!」
 
左腕に付いていたイナゴ擬きがイクスに光弾を吐く。鳴き声の中盤で気付いたイクスは体を反らしつつ振り返り、光弾はイクスの頭部装甲の鼻先を掠めた。
 
直ぐ様イクスは駆け出して、途中に転がっていた怪物の死骸から鉄パイプを引き抜き、天井近くまでジャンプすると着地に合わせて振り下ろした。イナゴ擬きの頭部は砕かれ、抵抗は起きなかった。
 「
ずぃ・・・・・・」
 
ゆっくりと立ち上がったイクスは鉄パイプを右肩に担いで周囲を見た。イクスに対するめぼしい脅威は既に無かった。腹が裂けた個体が鈍重に這いながら、飛び出た腸(はらわた)をズルズルと引きずって此方に敵意を向けてはいるが、敵にすら値しなかった。
 「
ビギャァ・・・・・・!!」
 「
・・・・・・」
 「
イクスはイナゴ擬きに歩み寄ると、『何となく』イナゴ擬きの頭を踏み潰した。ぐじゃりと湿った音が耳に届くと同時に背を駆けた悪寒に、イクスは本気で後悔をする。パッと飛び退いて踏んだ足をブンブンと振り、付着した肉片と体液を撒き散らした。
 
どうにか納得出来るレベルまでに付着物を除くと、イクスは上の階を目指した。鉄パイプを構えて長めの階段を駆け上がると其処は、左方と前方に伸びる通路を持った逆L字の区画だった。
 
前方通路の先には改札口、其れを越えると東西を結ぶ大きな通路、そして奥にまた改札口。奥の改札口は赤城が乗り越えようとしたアレである。地下を経由して丁度真向かいに出てきた形だ。
 
左方通路は赤城がエレベーターまで駆け抜けた通路と対を成す。同じ幅、同じ長さ、同じ様に入る数々の店舗。此の通路の先に自宅へと運んでくれる京浜東北線の一番線と二番線が在るのだが、散乱した死体にイナゴ擬きが群がって貪っていた。まだ此方に気付いてはいないが、気が滅入る。
 
かといって改札先の東西通路は怪物の通り道である。ノコノコと歩けば最後、鴨葱と言わんばかりに嬲られて終いだ。ならば現時点で怪物が居ない左方通路を行くしかあるまい。
 
イクスは鉄パイプを握り直し、左方通路に向き合った。

 

【2014/06/02 21:32 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
第四話 『Beginner』

 其の風体は特殊極まりないものだった。
 アンダースーツは体のラインがハッキリと解る程にフィットしており、服や靴の上から着ていない事が一目瞭然だ。かと言って喉仏や臍やムスコ、尻の割れ目などの肉体の凹凸は外見からは全く無くなっており、尻に至っては存在自体の影が大分薄くなっている。まるでウェットスーツの様だ。
 そして中肉中背で鍛練をしていない体は、筋肉の隆起が少ない。
 フルフェイスの頭部装甲には肉食獣と同様に配置されたクリスタル質で翠銅鉱を思わせる色合いの両眼、天を指す両耳、閉じてはいるが今にも相手に喰らい付きそうな細長い口吻を備えている。胸背装甲は何処と無くライダー用のプロテクターを思わせるが、胸と背を一体で防護し、戦闘に対応するために其れよりは覆う面積が広く、重要部分を守るパーツとしての威厳を持っていた。肩部装甲と膝部装甲は各々『肩当て』と『膝当て』で、前者は丸みを帯び、後者は角張っている。前腕装甲と下腿装甲は、のっぺりとしたシンプルな物で、該当箇所に則した形状で全周を覆う。手部装甲は指貫きグローブの形をしており、両足装甲に至ってはリーボックのランニング・シューズの如く足を包み込んでいた。
 腰のベルトのバックルは、扇形の両斜線に各々等脚台形が底辺で接続された感じである。バックルの中心には真紅に染められた水晶玉が納まっているが、其の内部には『エッジの効いた明神鳥居』の様な紋様が浮かび上がっていた。バックルが乗る土台の両端からは銀色のバンドが伸び、腰の真後ろで一つに合わさっている。
 「・・・・・・」
 赤城は言葉が無かった。只々、眼が届く範囲で己を観察し、見下ろした両手を閉じたり開いたり、右足の爪先を床に押し付けて曲げたりしている。手と足の装甲は、其の本分と柔軟性を両立している様だ。
 「・・・・・・んぅ?」
 赤城如きに、今の自分に起きている事が飲み込める筈も無い。何と無く背中を見ようと体を捻った時、痺れを切らした怪物が仕掛けた。
 「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
 今までの鬱憤を晴らすべく突進し、怪物は三本指の簡素な拳を赤城の横っ面に振り下ろした。完全に相手を忘れていた赤城は反応出来ず、マトモに喰らってしまった。
 「ぼっ!?」
 猛烈な勢いで吹っ飛ばされた赤城は壁に叩きつけられた。間髪入れずに怪物は間合いを詰めると、赤城の頭を掴んで後ろに振り返る勢いと共に床に投げ付ける。
 仰向けで呻く赤城を、怪物は右足で何度も力の限りに踏み付ける。大地を抉る、太くて湾曲した爪が赤城を捉える度、胸背装甲からはテレビで良く見る代物に近しい白い火花が散っていた。攻撃の衝撃で肺から空気が押し出され、『ごっ』や『ぼっ』等の言葉が赤城の口から勝手に出てくる状況だ。
 「ギュュュュュッ!!!!!」
 怪物が一層右脚に力を込め、赤城の胸を打ち抜かん勢いで爪が迫ってくる。
 「んぎっ!」
 高速で転がって赤城は紙一重で爪を回避した。怪物の一撃は駅の床を軽く貫き、其処が陥没してしまっている。
 「ギュギャ!?」
 怪物は足が嵌まってしまった。其の隙に赤城は立ち上がって距離を取り、胸を確認する。
 「おぉ・・・・・・」
 胸背装甲に傷は微塵も無かった。あれだけ攻撃されて火花も散ったというのに、新品そのものである。もしかすると、此の場面を突破出来るかもしれない。
 赤城に反撃の意思が芽生えた。
 「っしゃ!」
 赤城が怪物に向かって駆け出す。ギュっと両手を拳にし、相手にドスドスと連撃を叩き込むと、怪物は厄介そうに赤城を払おうと腕を何度も振り回す。
 「ぃよ! ほろ! へぃ! なっし! なっは!」
 珍妙な掛け声で赤城は全ての攻撃を避けていた。身のこなしは軽やかで、反射神経も普段の赤城からは想像も出来ない程に研ぎ澄まされている。
 「どしたどしたぁ!」
 攻撃を避けながらも自らのパンチが当たるという事で、赤城はハイになっていた。頭部装甲の下の顔は笑ってすらいる。
 「ギュゥゥゥゥゥ・・・・・・」
 不意に怪物が攻撃を止め、俯いてしまった。
 「あり?」
 連れて赤城も動きを止める。
 「バァァァァァ!!!!!」
 バッと顔を挙げた怪物は、青紫色をした火炎を吐き出した。咄嗟に赤城は両腕をクロスさせて防ぐも、火炎の猛烈な勢いにジリジリと押されていく。
 「おぉぉぉぉぉ!」
 火炎を受け止めている前腕からは火花が激しく散っているが、其れの色は自らの装甲の基調と同じ真紅であった。相手の予想外の攻撃で細まった赤城の眼でも、確りと認識出来る。
 「ぐひゃっ!」
 前腕付近で爆発が起き、赤城の体が宙に浮いた。大した爆発ではなかったため、体勢を崩す事は無かった。
 「っぅ・・・・・・!」
 感覚的に火傷等の損傷や痛みは無い。しかし火炎を受けた前腕装甲からはプスプスと煙が立ち上っている。僅かだが溶けており、亀裂も多少走っていた。此れは明らかにダメージを受けている。
 直前までのハイが嘘の様に萎えた。
 「ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
 「!?」
 遂に足が抜けた怪物は赤城の隙を目敏く見つけて攻勢に転じた。二対の腕を器用に振り回して肉弾戦を仕掛け、赤城はバックステップを駆使して少しでも距離を取ろうとする。しかし踏み込みの強さは相手が勝っており、簡単に詰められて数発の打撃を浴びてしまう。どうにか離れられても、火炎で追撃を掛けられる有り様だ。火炎は直撃こそしなかったものの、付随する熱波が小規模な真紅の火花を生じさせる。
 間も無く壁際に追い詰められた赤城は焦りに呑まれていた。足元で怪物が壊した店の瓦礫がガチャガチャと音を立てている。
 心なしか、怪物に余裕が見える。澱んだ複眼に赤城は『容易く捻り潰せる獲物』とでも映っているのかもしれない。
 追い詰めた方の怪物はゴールキーパーの様に二対の腕を横に広げると、静かに顎を開いて炎の放射準備に入った。奥に灯っている炎が顎外に漏れだし、徐々に勢いを増していく。
 赤城の視点は見える範囲を隈無く巡り、脳は目紛るしく回転していた。様々な案が浮かんでは活路を見い出そうとするが、即座に成功率が弾き出されて却下される。丸腰では無理だ。
 「(どうするっ? どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするっ・・・・・・!)」
 既に脳内はアラートで埋め尽くされている。赤城は漠然と、遠くの方から『詰みだ』と言い渡された気がした。
 無意識に左脚が下がり、左肩が壁に付く。右脚が続こうとして、瓦礫の上を過ぎる。其の時だ。
 キンと、足元から金属音が赤城の耳に届いた。
 徐に目線を下げると、右足の爪先にパイプが一文字で僅かに乗っている。店の四隅に立って屋根を支えていた内の一つだろう。
 「ヴゥゥゥゥゥ!!!!!」
 「るぁ!」
 怪物が炎を蓄えきって正に吐かんとするのと同じタイミングで、赤城は素早く爪先でパイプを拾い上げ、怪物の顎を目掛けて槍の要領で突き刺した。
 刹那の間の後、怪物の炎が暴発した。
 暴発の衝撃で怪物はよろよろと後退し、顔を押さえて苦悶している。喉をヤられたのだろう、咆哮は虎落笛(もがりぶえ)と化して最早意思を伝える事は出来ない。
 多少短くなったパイプをグッと握り直し、赤城は未だ立ち直れていない怪物に向かって構えた。
 「ぅぅぅぅぅあっ!」
 赤城が怪物の真上に跳んだ。気付いた怪物が左の複眼を押さえたまま顔を自分に向けたの確認すると、重力に引かれた赤城は右の複眼に深々とパイプを突き刺した。
 「ッッッッッ!!!!!」
 怪物は新たな痛撃に激しく興奮し、余りの勢いに赤城は振り落とされてしまった。
 そして怪物は右往左往の末に、急に全ての腕をだらんと垂らしたかと思うと、ゆっくりと後ろに倒れて動かなくなってしまった。
 肩で息をしながら瓦礫の上に尻餅をつき、事の顛末を見守っていた赤城だったが、恐る恐る立ち上がると怪物に近づいていった。相手の生死を確かめる必要を感じたからである。
 顎を中心とした顔の下半分は吹き飛び、押さえていた複眼は焼け爛れていた。パイプが刺さっている複眼からはカーキ色の液体が流れ出している。頭部装甲のせいか、臭いは解らなかった。想像ではあるが、気分の良い臭いではない事は確かだろう。
 怪物の頭から爪先までを眺めると、改めて相手の巨大さを実感する。よくぞ立ち向かえたものだと、今になって冷や汗が溢れ出す。
 「二メートル・・・・・・三十・・・・・・五?」
 率直に思った身長を口にしてみる。自分が百七十五センチ五ミリだから、五十センチ以上も差がある。
 「・・・・・・死んだな」
 頭を軽く爪先で小突き、そう結論付ける。正確には手足が断続的に小規模に痙攣しているが、仮に生きていても正に『虫の息』である。驚異は然程無い。
 「・・・・・・コイツは、何なんだぁ?」
 腕を組み、相手を見下ろしながら赤城が言った。突然の遭遇からの決死の逃走、更に無我夢中の一戦を終えて漸く湧いた、当然の疑問だった。
 バッタを多分に思わせる様相の巨躯で、しっかりとした二足歩行をする。人間の様に物を掴んで殴れる手を持ち、最終的には炎を吐き散らす。ウィキペディアの『UMA』のページですら見掛けた覚えが無い。幾ら赤城の脳とて、此れ程のインパクトの生物を失念するとは考えにくかった。
 右手を“下顎”に当て、赤城は暫し思考を巡らす。そして思い付いた仮説は、赤城にとって実に現実味の有るもの。
 「魔女の・・・・・・使い魔?」
 とても納得出来る。寧ろ魔女が従えるにはピッタリなビジュアルの生物である。赤城は『うん、うん』と頷き、納得の度合いを深めていく。
 「とんっでもない奴だな、くわばらくわばら・・・・・・」
 こんな生物を複数匹、しかも微笑みながら従える魔女の姿を想像して、赤城は少し引いた。
 「其れは違うわ」
 俊敏に赤城は振り向いた。
 無音の空間を伴い、あの時と変わらぬ微笑みを湛えて、魔女が涼しげに立っていた。
 「其の生き物は此の世界の固有種。私とは一切関係ないわ」
 相変わらずの声量と表情で魔女が告げた。
 「やっと遊べる様になったのね。おめでとう、存分に堪能しましょう」
 振り向いたまま固まっている赤城。対する魔女は破顔一笑だ。余程赤城が遊べる様になった事が嬉しいらしい。
 「あ、遊ぶ・・・・・・とはっ」
 暫しフリーズしていた赤城が絞り出した言葉に、魔女は笑んだまま少しだけ『解らない』という表情をした。頭部装甲の下で硬直していた口が溢れる衝動で抉じ開けられ、言葉が飛び出していった。
 「遊ぶとはどういう意味ですかっ!? 此のバッタはっ!? 今一体何がっ!? おっ、自分はどうしてっ!? 貴女っ・・・・・・貴女はっ!?」
 突如として現れた魔女を前にして上がったボルテージのせいで、普段以上に思考が発言に追い付けず、赤城は自分が何を問うているのか解らなかった。問いも途中から断片的になって、言った後で自らの記憶の底に沈んでしまって簡単には思い出せない。疑問をぶつけられた魔女は落ち着いたもので、緩やかに表情を戻すと、右手の人差し指を立てた。
 「一つ目。“遊び”と言うのは、貴方が其処の生き物の息の根を止めた事」
 続けて中指を立てる。
 「二つ目。二回目になるけど、貴方の後ろに転がっている生き物は此の世界の固有種よ。此の世界に来て初めて知ったの」
 次は薬指だ。
 「三つ目。私が暴いた土地から、其処の生き物と同じ生き物が噴火したみたいに方々に飛び立っていったわ。あの生き物は人間を好むみたいだから、あちこちで此処と変わらない状況になっていると思うの」
 魔女の眼に仄かな輝きが灯る。魔女は立てていた指を一旦畳み、人差し指と親指でチップスを摘まむ形を作って赤城を指し、そのまま其れを開いた。すると赤城の眼の前の空間が、姿見の鏡の様に今の赤城を写し出した。
 「四つ目」
 姿見の向こうから魔女が言い、姿見に写った自分を赤城は見据えた。気分は大分落ち着いてはきていたが、其れでも『狐の頭を持った獣人型平成特撮ヒーロー』程度の解釈しか出来ない。けれども其の姿は、赤城の好みに合致していた。
 「そんな感じよ」
 ヒュっと姿見が消え、赤城の視界に魔女が戻った。
 「此の世界に来て直ぐ、面白い“力”を持っている人間・・・・・・。ううん、人間じゃないわ。良く似ている別種族ね。其の種族から私の『趣味』のために奪ったの」
 「しゅみ?」
 渇いた口で赤城が聞いた。
 「私の趣味は、偽物を造って集める事なの」
 魔女は視線を抱えていたヌイグルミに落として続ける。
 「複写した後のオリジナルを、此の仔と同じ形にした事に意味は無いわ。遊べるまでの貴方を守る事と、貴方へのメッセージは込めたけれど」
 言い終えた魔女は視線を赤城に戻し、反対に赤城は視線を胸背装甲越しに心臓に落として右手を当てた。掌に鼓動は伝わらないが、早鐘を打っている事は自身を形作っている肉が解っている。
 「そういえば貴方の中の“力”、私の手元に有った時と変わっているわ」
 「え?」
 赤城の顔がパッと魔女に向いた。
 「ふぅん・・・・・・。本来とは違う種族に入ったから、『初期化』と『突然変異』を起こしたみたいね。それと貴方の器は凄いわ、“力”を取り込んだのに“空き”が沢山残っている」
 魔女の言葉に関心のニュアンスが含まれた。
 「しかも、もう慣れているのね。次からは随分とスムーズよ』
 魔女がクスクスと笑う。何に対して笑うのか、赤城には理解が出来ない。暫し後に魔女が『そうそう』と付け加える。
 「貴方が握り締めて、私の込めた物が取り払われた時点で、“力”は貴方と合一(ごういつ)している。だから今後“力”が独断で貴方を守ったり、ましてやメッセージを伝える事は無いわ」
 補足を終えると魔女は手を下ろして、『ふぅ』と息を吐いた。些か疲れたのだろう、右腕を突き上げての大きな“伸び”をして体の凝りを取る。
 其の間の赤城はと言うと、魔女の行いを只々見ていた。何の思いもなく、昼下がりの雲を眺めるが如く、忘我(ぼうが)で魔女を見ていた。
 「私の気持ちを聞いてくれるかしら?」
 脈絡無く魔女が赤城に提案した。赤城は急激に現実に戻され、魔女は返答を待たずして語り始める。
 「今までの“遊び相手”は全て人間。人間は脆くて直ぐに死んでしまうから、私は満たされる事が無かったわ。でも“彼”は違った。軽く手合わせをしたに過ぎないけれど、“彼”には物凄い可能性を感じたわ。其処の生き物も簡単には壊れないから上出来。殴り飛ばされても、蹴り込まれても、刺し貫かれても、撃ち抜かれても、引き千切られても尚も私を喰らおうとするのよ? 私はずっと望み求めていた“遊び相手”に出会えて、今とっても嬉しいの」
 両腕を広げて語る魔女が浮かべた無邪気な笑みは、既に多くを経験した自分は現状を心から楽しんでいる事を表し、赤城も自分と同様である事を微塵も疑ってはいない。赤城には其れが眩しく、同時に少し引く自分を感じた。
 「そして貴方にも出会えた事も。貴方は私の同志、良き友」
 「同、志・・・・・・? 自分が?」
 「えぇ。貴方も私と同じ“遊び”を望んでいたじゃない」
 「同じ・・・・・・。いやっ、違うっ」
 赤城が慌てて反論する。
 「自分がしたかったのはこんなんじゃないっ」
 聞いた魔女の表情が一瞬、ほんの僅かに曇った。
 「・・・・・・可笑しな人。貴方は“遊び”を望んでいた。だから私は貴方が遊べる様に、アレを渡したのよ?」
 「こ、こんな状況になる“遊び”なんて、したい訳がないですっ」
 「驚いたわ、人間は『殺し』以外の“遊び”をするの?」
 「うぁっ? え、あ、ぐんっ、おっ?」
 魔女の言葉に赤城は一時混乱した。声帯の振動、舌の動き、口の形が一致しない故に、ちゃんとした発音が出来なくなっている。
 魔女は不思議そうに語る。
 「幾つもの世界を巡ってきたけれど、全ての世界で人間は飽きもせずに殺し合っていたわ。其れこそ手段を問わず、倫理を一切無視して。だから私は人間を、『殺しを“遊び”とする生き物』だと思っていたけれど・・・・・・」
 魔女が動いた。
 「少し、考察の必要があるみたいね」
 魔女は冷たく笑むと、其の眼に又もや灯りが灯った。右手がフィンガースナップに構えられる。
 何かをする。
 直感した赤城が反射的に魔女に駆け寄って手首を“掴んでしまった”。赤城の突拍子のない行動に、然しもの魔女も驚きを隠せなかった。
 「なぁに?」
 灯りが灯った眼に見詰められ、赤城の内腿から汗が出る。反射的だったため、掴んだは良いが何の考えもないのである。しかし行動してしまった手前、何かしなければならない。
 すると此の期に及んで赤城の脳が、光の速さで記憶を底からサルベージした。魔女に問うた疑問の中で、答えられていない物が一つ有る。其の事を脳が赤城の意識に伝え、赤城は魔女に尋ねた。
 「あ、アンタはっ・・・・・・何なんだ?」

 ―――うふふ。

 「・・・・・・私は、わ・た・し」
 乾いた破裂音が響く。魔女を飲み込んだ炎に焼かれ、赤城は全身から真紅の火花を散らしながら強く弾かれた。そのまま床に尾てい骨を強か(したたか)に打ち付ける。
 魔女が跡形も無く消え去ると、其処には煤けた床と、呆けた赤城が残された。暫くじっとしていた赤城だったが、やがて緩慢とした動作で胡座(あぐら)をかくと、床に向かってポツリと言った。
 「魔女だ・・・・・・」

【2013/06/08 20:30 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
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