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  • 2024.05
第五話1-2 『イクス』
 「ぃあぁぁぁぁぁ!」
 
虚勢一発、イクスは左方通路を全力疾走する。百メートルを七秒で走破するスピードを発揮し、ひたすらに突破だけを考えて突き進んだ。
 
しかし肝心のイナゴ擬きは外界を遮断して肉を咀嚼する事に務めており、決意が徒労に終わっている事をイクスは知るよしも無い。
 
突き当たりの壁に半ばショルダータックルを当てる形でスピードを殺し、素早く左の下り階段へ身を投じると、イクスは今来た道を壁越しに慎重に見た。追撃者はゼロだ。
 「
うしっ」
 
イクスは下を目指す。全力疾走後ではあるが、息は全く乱れてはいない。程無くしてホームへと着いたイクスは、下に向けていた視線を上げて双方の路線に電車が到着しているのを確認した。
 「
やべっ!」
 
車内の窓や床は、ぶちまけられた血やへばり付いた肉片で埋め尽くされていた。其れを見てイクスは慌てて下からは見えない位置まで階段を戻り、僅かな壁の隙間から階下を観察する。
 
車内を彩っているのは乗客達の成れの果てだろう。イナゴ擬きや怪物は視認出来ないが、乗っていないとは断言出来ない。線路を歩いて行けばとイクスは思っていたが、此所はホームの末端近くである。電車が停まっているとなれば、地下の時の様に行動しなければならず、しかも今回はエンカウントが必至と想定された。
 「
・・・・・・無理だ」
 
イクスは線路を諦めた。階段を昇って最初と同じ様に全力疾走した道を見る。まだゼロだった。
 
ちらと眼をやった先は、噴水に通じる改札口である。赤城が休日に王宮駅に来た時に使う物で、実は改札を出て左へ進むと東口に降りる階段が有るのだ。現状を鑑みるに、出口は其処だけだ。
 「
やったらぁな・・・・・・!」
 
イクスは行動に移した。姿勢を低くしつつも可能な限りの速度で改札を目指し、手前で軽く跳んで目標を越えた。直ぐ様真横に移動して壁づたいにカクカクと動き、壁の終わりまで来ると左眼の隅の奥に映る窓を定めて駆けた。
 
窓の前でイクスは止まった。目当ての階段は直ぐ右手だ。だがイクスはそちらに向く事無く、窓の外を眺めて動かなかった。
 
眼下のロータリーに転がるタクシーとバス。幾つかの車両からは火があがり、黒煙が立ち上っていた。アスファルトの地面は広範囲が赤く染められて、少なくない死体の残骸が見受けられる。案の定、結構な数の怪物達が跋扈していた。
 
けれども、怪物達に混じって少なからずの人間達が居る。いや、『人間の形をした者達が居る』と言った方が正しかった。存在達は怪物に臆する事無く立ち向かい、善戦している様に見える。良く良く眼を凝らすと死体の他に怪物の死骸が確認出来た。死体と思っていた物の中にはイナゴ擬きの死骸も紛れている様で、イクスは呆気に取られた。
 「
何が居んだよ・・・・・・」
 
状況を把握しようと、外に意識を傾け過ぎたのがいけなかった。危機がイクスの背後にまで迫っている事に気付けなかったのだ。
 「
ギュアアアアア!!!!!」
 「
げっ!?」
 
振り返る途中でイクスは怪物に首を掴まれ、猛烈に壁に押し当てられて其れを突き破った。飛び散る壁の破片を伴い、イクスは怪物と共にタクシー乗り場の庇を破壊して地面に激突した。
 「
むげっ! むげぇ!」
 
イクスは首を怪物に強く押さえ付けられて動けない。体感的にはV字に曲がっている気が犇犇とするのだが、其れは杞憂に過ぎない。
 
怪物がイクスの首から手を離して、拳を打ち据えようと勢い良く振りかぶった。


 
バシュンバシュンバシュン!


 
突如立て続けに響いた発砲音。怪物に三発の淡灰色のビーム弾が直撃し、脇腹が穿たれた。
 「
ギュア゛!?」
 
怪物が慌ててビーム弾が飛んできた方向を見るのと、二つの白い物体が突撃を敢行したのが同時であった。
 「ドラァ
!」

  「セェイ!」
 
気合いと共に怪物がイクスから弾き飛ばされた。出来事に着いていけず、イクスは転がり行く怪物を呆けて見ていた。
 其処に手が伸ばされ、
相手を見たイクスはギョッとした。
 
頭部、胸背、両肩、両前腕、両手、両膝、両下腿、両足に濃灰色の各種装甲。装甲の下に淡灰色のアンダースーツを着、腰にはバックルとバンドと土台が濃灰色で、バックルの中心の水晶玉が淡灰色であるベルトを巻いていた。
 
そして頭部装甲の眼は、ゴルフボール程のクリスタル質の黄色いモノアイだ。
 差し出された手を取ってイクスは立ち上がり、改めて目の前の存在を見ると、『イクスと同じ』である事が解る。ただ色彩はイクスと比べて地味であるし、各種装甲の雰囲気も所謂『量産型』に準じている印象を受けた。何より『獣人型』ではなく、完全なる『人間型』だ。
 「
(ザクっぽい)」
 
イクスはそう思った。
 
するとザクが突然、イクスを横に突き飛ばした。考えが読まれたかと焦ったが、ザクは再び攻勢を掛けてきた怪物に応戦するのだった。
 
ザクの右手にはデザートイーグルより一回り程大きい拳銃が握られていた。ザクのバックルの水晶玉が発光を始め、銃口から先程のビーム弾が数発放たれて怪物の胸に命中する。
 「
ギュゲァァァァァ!!!」
 
怪物は怯まずにザクを目指す。大きく振り上げた右側の腕をザクに見舞った。
 
其れをジャンプで避けたザクは反対側に越えながら距離を取り、怪物の背中に発砲しながら着地した。
 
直ちに怪物は振り返って火炎をザクに浴びせるが、ザクの足元を駆け抜けて、先程の二つの物体が立ちはだかった。
 
二つの物体は四つ脚の獣の様だ。大きさはキタキツネと変わらない様で、二匹の手前で火炎は反発する磁石みたいに押し返されていた。
 「
セセラギッ!」
 「アア
!」
 
二匹が跳び退いて火炎が弾け消え、ビーム弾を撃ち込みながら距離を詰めたザク―――セセラギは、何時の間にか手にしていた左手のサバイバル・ナイフと思われる刃物を、怪物の胸部の脆くなっていた箇所に突き刺した。
 「
ギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」
 
サバイバル・ナイフが深く突き刺さり、体液が外に流れ出している。怪物は満足に動けない様で、赤城は心臓を刺したのではないかと思った。
 「喰ラエ・・・・・・!」
 
セセラギは唐突にサバイバル・ナイフを抜き、大型拳銃を穴に突きつけた。

 セセラギは引き金を立て続けに引き、幾多のビーム弾が怪物の体内を引き裂いた。
 「ギュゲァ・・・・・・!」
 胸部を散々に屠られても尚、怪物は膝を着かない。両の複眼はセセラギを捉えて離さず、ギラつき、未だ殺す事を諦めていない。
 全ての手を拳にし、腕全体に有らん限りの力を込め、やがて後ろに倒れて静かに事切れた。
 セセラギは怪物に背を向け、イクスの方に歩み寄ると唐突に切り出した。
 「君ハ何処ノ隊ノ所属カ?」
 実に流暢である。
  「・・・・・・言エナイノカ?」
 「いゃ・・・・・・あの、自分は、何処にも・・・・・・」
 「何處(ドコ)ニモ?」
 「全く、はい・・・・・・」
 「ソンナ馬鹿ナ。ダキニヲ纏ッテイルトイウ事ハ荒子省(アラゴショウ)ノ者カ、憲門省(ケンモンショウ)デ『僃(ゾナエ)』ノ位ヲ持ツ奴ダケダ。ソウダロウ?」
 「?・・・・・・??・・・・・・???」
 「シカシ・・・・・・確カニ其ノダキニ、見タ事モ無イ系綂(ケイトウ)ダ。・・・・・・白狐(ビャッコ)モ連レテイナイノカ?」
 話がまるで理解出来なかった。聞いた事の無い単語のオンパレードは、イクスを迷宮に閉じ込めた。
 言葉に詰まって固まるイクスを、セセラギは何するとも無く見ていた。しかしフルフェイスの頭部装甲のせいで表情は見えないが、イクスを訝しんでいる事は感じ取れた。だがイクスの反応は当然である、何もかもが解らないのだ。
 「オ歬、名歬ハ?」
 イクスとセセラギの間の空気を、不意に別の声が不審の籠ったトーンで割り込んだ。しかしセセラギの他には誰も居らず、イクスはセセラギの肩越しを左右から覗いてみるが、やはり居ない。
 「丅(シタ)ダ、丅」
 言われた通りにイクスは下を見た。
 セセラギの足元の両脇に、先程の二匹の動物が居た。大きさもそうだったが、姿もキタキツネと変わらない。ただ二匹共に雪の様に白い毛並みで、尾の後ろ半分が黒く、黄土色の虹彩と黒い瞳を持ち、首に紅白の注連縄を巻いている。
 またイクスから見て右の個体は眼付きが鋭く、両前足の足先から肉球の『掌球』の直ぐ後ろと思われる位置までが黒い。逆に左の個体は右と比べて落ち着いた印象で、此方は両後ろ足の足先から肉球の『掌球』の直ぐ後ろまでが黒かった。
 「キツネ?」
 イクスが首を傾げる。
 「ハァ? 俺達ハ白狐ダ」
 右の個体が確りと口を動かし、セセラギと同様の発音と人語でイクスに答えた。
 「わぉぅ!?」
 イクスが数歩飛び退いた。
 「えぇっ!? えぇ!?」
 「・・・・・・何ガ言イタインダ?」
 「うぁぁぁ・・・・・・」
 「落チ着イテ。焦ラナクテモ大丈夫ダカラ」
 やり取りを見ていた左の個体が、イクスに声を掛けた。
 「先ズハ此方カラ名乘(ノ)ロウ。僕達ハ―――」


 リィィィィィ!!!


 左の個体の紹介を擘く警報が遮った。足元で爆竹が爆ぜたかの如く跳ねたイクスはやがて、セセラギの肩口に飛来して蜻蛉の形をした、オニヤンマより一回り程大きい物体に気付いた。
 蜻蛉はメカニカルで、人工物だった。警報の他に複眼を激しく点滅させて、差し迫った事態を知らせている。
 怪物相手とは違う、其の場に満ちていく緊迫感に、イクスは慄いた。
 見渡す地上、見上げる空中。首の可動域、視力の許す限りにイクスは辺りを伺う。鉄パイプを地面に激突した際に落とした事を大いに悔やみ、両の拳を力を込めて握るしかなかった。
 「来タゾ!」
 離れた所に居た別人のザクが指差した空を、其の場の全員が注目した。
 雲の下を黒い物体が飛んでいるのを確認して、反射的にイクスは魔女だと思った。セセラギも含め、ザク達は物体目掛けて弾幕を形成したが、物体は全く意に介さずに全速で突っ込み、無傷で地上に降り立った物体を見たイクス以外の者達は戦慄した。
 人体と然程変わらないスタイルの体に、推定百八十三センチの身長。全身を包む外骨格は洗練された鎧と見紛うばかりで、漆黒と深いモルフォブルーが入り交じっている。背の翅には黒・赤・黄色の稲妻状の紋様が複雑に配され、『凶悪に擬人化されたトノサマバッタ』と形容出来る顔をしていた。
 「コ、蝗王(コウオウ)・・・・・・!?」
 セセラギの声が震えていた。確かに閉じられた背の翅は持ち主を蛮カラのマントの様に包み、色合いも相俟って荘厳で、『蝗王』と呼ばれた個体の威圧感を更に増している。
 しかしセセラギの震えはもっと根源的な問題に端を発し、セセラギ以外のザクや、左右の個体以外の白狐達も同様の感情に心を支配されている様だった。
 不意に蝗王の眼と、イクスの眼が合わさった。
 「撃テェェェェェ!」
 蝗王に向けられていた全ての大型拳銃が一斉に火を噴いた。出来る限りに連射される数多のビーム弾が蝗王に命中するが、蝗王の体には掠り傷の一つも付かない。
 「何ヲシテイルンダ! 君モ加㔟(カセイ)シテクレ!」
 「ぅえっ!?」
 左の個体がイクスに叫んだ。
 「つ、突っ込めと!?」
 「擊(ウ)テバイイ!」
 「丸腰だよ!?」
 「何ダッテ!?」
 左の個体とイクスの応酬を余所に、蝗王はビームを受けながら手を顔に当てて溜め息を吐く様に俯くと、当ててない方の腕全体から陽炎が生じて緩やかに渦巻いた。極々僅かだが、青紫の色が含まれている。
 ヒュっ、と陽炎が先程に空を指したザクの方に放たれた。


 ズガァァァァァンッ!!!!!


 陽炎は広範囲の大地を消し飛ばした。激しく舞うアスファルトの破片の嵐で、ザク達の姿は確認出来ない。
 「此方セセラギ! 蝗王飛來! 繰リ返ス! 蝗王飛來―――」
 セセラギがメカニカルな蜻蛉に対しての状況説明の間、残りのザク達は蝗王に向けていた大型拳銃の銃口に、単灰色のビームをチャージしていた。バックルの水晶玉が一際力強く輝いている。
 「此レダケノ力技(リョクギ)ガ集マレバ少シハ・・・・・・!」
 セセラギもまた、水晶玉を輝かせてビームをチャージしている。当の蝗王はしかし、微塵も対応する素振りを見せていない。


 俺もアレが欲しい―――


 イクスがセセラギの武器を見ながら思った時、大型拳銃を構えた全員のチャージ・ビーム弾が蝗王を襲った。
 全てのチャージ・ビーム弾が同時に蝗王へ着弾し、炸裂したエネルギーの余波で巻き上げられたアスファルトの砂礫と煙が、周囲の世界を遮る。
 「うわっ!? ゴフォっ! ゲフォっ!」
 イクスは条件反射で咳き込んで手を振り回した。実際は頭部装甲のお陰で、全く影響は無いのだが。
 「見えなっ! どうなったぁ!?」
 「オ歬默(ダマ)レ!」
 無警戒なイクスに、眼付きの鋭い個体が吠えた。
 ゆらり。
 影がイクスの前に躍り出る。
 「おっ・・・・・・」
 不意に探し物が見つかった時のトーンで、イクスが言葉を発した次には、蝗王の健在が確認された。
 「蝗王!」
 セセラギが大型拳銃の引き金を引くより速く、蝗王は片側の翅を広げた風圧でセセラギと個体達を吹き飛ばした。
 「ちょっ!? んぐっ!?」
 セセラギに気を取られたイクスを、蝗王が片腕でのネック・ハンギング・ツリーで吊し上げる。必死に藻掻くイクスを蝗王はじっと見つめ、やがて口を開いた。
 「キャツハ、ドコダ?」
 怪物の本能に塗れた咆哮とは明らかに一線を画す、確固たる理性を伴った発音。少しぎこちなさが残るものの、蝗王もまた人語を発してイクスに問うた。
 「ドコニイル?」
 「~!」
 「ニオッテイルゾ」
 「~!!!」
 やがて蝗王の態度に怒気が滲んできた。無論、イクスには気付く余裕が有る筈も無い。
 「ツグムカ・・・・・・」
 そして蝗王がフッ、とイクスを離すと、ボディーブローを叩き込んだ。
 陽炎も無い、単純で普通のパンチ。当人としては苛ついて壁に八つ当たるぐらいの感覚と思われ、結果を言えばイクスは数十メートルも吹っ飛ばされただけだ。
 だが宙を舞っている間のイクスの全身からは、真紅の火花が盛大に連鎖的に散っていた。火花が爆ぜる度にイクスの装甲は砕け、アンダースーツが裂ける。イクスが受けたダメージは途方も無かった。
 「がぁ!」
 イクスはアスファルトに叩き付けられてゴロゴロと転がり、やがて仰向けで止まった。体に残っている装甲やアンダースーツが、真紅の閃光の破片となって剥がれ落ち、先に地に落ちていた諸々の破片と共に風へと消える。
 イクスは赤城に戻った。
 赤城が呻く。着ている服や靴に損傷は何処にも無く、傍目には何ともない。しかし肉体には、確固たる痛みがある。ひ弱な赤城が立ち上がれない程に。
 頭がぐわんぐわんとしている。今まで知覚していた状況が徐々に解らなくなって、焦点もボヤけてきた。
 「ゼイジャクナ・・・・・・」
 歩を進めた蝗王が、足元の赤城に卑下の響きを吐き捨てる。
 此の日赤城は、人生初の気絶を経験した。
 

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【2014/06/02 21:34 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
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