忍者ブログ
  • 2018.10
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 2018.12
第二話 『嵐の前』

  「(アイツは魔女だ)」
  四つの長机が長方形に設置された一号館二階のゼミの教室で、赤城は頭の中を整理していた。
  日常離れした服装、理解が難しい言動、お礼のヌイグルミ、“止まっていた時間”。約二時間半前の出来事は何だったのか、整理と平行して考えている。
  まず服装や言動は『個性』という物によって決定されているが、此れは十人十色である。あの言動も、彼女を彼女たらしめている『個性』に依るものだと思えば良い。
  自分だって今着ているジャケットはF-22の様な制空迷彩であるし、ジャケットの下のTシャツは都市迷彩。ズボンも洗濯されていなければジーンズで妥協せず、デザート迷彩にする筈だった。
  そんな『個性』を持った人間が、彼女を『変わっている』と思うのは実に愚かだ。自分も彼女も、大きく分類すれば『同類』なのである。
  此処までは赤城でも処理が出来る範囲で済んだ。次の段階こそが幾度となく赤城の頭をフリーズさせ、脳細胞の死滅を早めている。
  “時間が止まっていた”とは、どういう事だ?
  確かに緊張はしていた。だが時間の経過を遅く感じる程ではなかった。と、思える様な気がする。甚だ脆い意思だが、それなりの根拠は二つ有る。
  一つはお礼を受け取って会話が終わった後、鐘がまだ鳴っていた事だ。あの鐘が奏でる旋律は十五秒くらいで終わるのだが、内容からして確実に十五秒以上話している。
  緊張に依る時間の経過の遅延とは主観であり、時間自体は常に客観である。だから己がどう感じていようが、時間は常に一定不変の速度で経つのだ。あの場合の鐘は、鳴り止んでいなければいけない。
  もう一つは会話が出来た事だ。彼女の声は耳打ちにしても小さすぎた。にも関わらず、二歩も下がっていながら会話は立派に(大目に見て)成立している。
  時間が止まれば物体の運動も止まるという推測は容易く、運動が止まれば付随する音とてしなくなり、無音の状態が出来上がる。無音ならばどんなに小さくとも聞こえる。だったら会話も出来る。
  此れらが“時間が止まっていた”とする一応の根拠である。論理が飛び々な感じは否めないが、己が繰り出せる論理はこんなものだ。寧ろ今日は調子が良い方である。
  此の様な脳内討議をへて、冒頭へと戻る。相手は黒ずくめに近い少女であったから、『魔女』と呼ぶのが妥当な線であろう。
  「(・・・・・・傍若無人で荒唐無稽な訴えを、腕利きの弁護団を擁して力任せに正論にした感じだな)」
  良く解らない例えで、赤城は自らを煙に巻いた。二時間も同じ事を考えて飽きていたのだ。
  やおら机に突っ伏すが、寝ない様に眼は開けている。眼前は薄暗くてピントが合っていないグレー、聴こえてくるのは周りの席の奴等の声。自分を除いて、今日来ているのは確か五人だったか。何時もより多い日である。
  「おぉふ」
  暫くして誰かが入室してきた。声に反応して赤城が其の方向に起きると、此のゼミの担当教諭が視界に入った。還暦を少し過ぎた感じの歳であり、白髪に恰幅の良い体を持ち、ワイシャツをスラックスにキッチリと納め、右手にはヨレヨレの薄緑の紙袋を提げている。
  「今日はぁ、多いな」
  奥の真ん中の席に着くなり教諭が言った。
  「おぅ、来てないのは誰だ?」
  「小林でぇす」
  赤城の向かい側の席の、容姿が“ダイスケはん”に激似の女子が報告する。
  「小林か、最近どうしたんだ?」
  「別に良いんじゃないすか?」
  「良かないよぉ、酷い事言うね?」
  「先生ぇ、今日は何すんの?」
  「ぅえ? ちょっと待ってくれぇ」
  教諭は半笑いで手元の表札サイズの出欠表の束を適当に掴み、自分の左斜め前の席の、眼鏡を掛けた真面目そうな生徒に渡した。
   出欠表は眼鏡から左に流れていき、緑の帽子を被った小肥り男を介し、ソイツから一つ空いた席を飛ばして赤城の元へと着いた。そして赤城からガタイ良い色黒男に再び流れ、其処より“ダイスケはん”に譲渡がなされ、彼女から中の中の下のギャルに分配され、最終的に皆に一枚ずつ引かれて教諭に還ってきた。
  「今日はな、卒業研究のテーマを決めて欲しいと思ってる」
  教諭は性格由来の緩慢とした動作で出欠表を片付け、終えると今日の内容を告げた。
  告げられたゼミの面々は不意を突かれた。出欠表の今日の日付の欄に、『十月十九日』と記入していた赤城も動きを止めた。
  「先生どうゆう事!?」
  色黒男が早口で聞いた。余程驚いたと見える。
  「期限は来年の1月の中旬までだぁ。取り敢えず今月は仮のテーマを決めるだけ。そっから後は進行状況の報告。だから、今季は早く帰れるぞ」
  「先生先生ッ、え? 何すんの?」
  「(さっき言ったじゃん)」
  ギャルの質問を赤城が脳内でツッコみ、聞かれた教諭は質問を無視して手帳に何かを書いている。厳密に言うと教諭は少々耳が遠く、返答を貰えない時が稀にある。さっきの事態は其れが起きたのだ。
  ギャルは“ダイスケはん”に同じ質問をし、答えを貰って落ち着いたようだ。
  「卒業研究は、三年生の必修だかんな。必ずやらなければならないよぉ。四年生には卒業論文というのがあるけど、此方は選択。つまり研究をやれば論文はやらなくてもいいわけ。A4の紙に研究は一万字、論文はぁ二万字」
  聞き終えた面々は各々理解に努めている。赤城も耳から取り入れた情報を必死で組み立て、記憶の箪笥に押し込んでいく。
  「決めたら出欠表に書いてくれ。テーマは別にゼミで学んだ事以外でもいいぞぉ」
  教諭が虚を突いた。
  「マジっすか!?」
  「おぅ。いいよ何でも」
  「やったね!」
  色黒男と“ダイスケはん”の二人は喜び、他の奴等も眼が見開かれていた。まさか教諭が、ゼミの存在を否定する様な発言をするとは思わない。
  「あの、例えば、『原子力の安全と今後』みたいなのでもいいんですか?」
  赤城は新たな情報の信憑性を確かめるため、珍しく教諭に質問をした。
  「そんな感じでも大丈夫ですか?」
  「大丈夫、大丈夫」
  微笑みながら教諭は答えた。赤城は『言ったな先生』と脳内で誇る。周囲も赤城の行動のお蔭で、ゼミが掲げるテーマから完全に解放され、一先ずは安心していた。誰も熱心に普段の講義を聞いてなどいないからだ。
  だが『自由でいい』と言われると、急に広大になった選択肢に呑まれるものである。眼前に展開される数多の扉に圧倒され、何れにも手を出せずに其の場に縫い付けられてしまう。『縛りが無い』のが一番の『縛り』である。
  「(どうしたものか・・・・・・)」
  赤城が目頭を押さえて思った。思い浮かんできたのは高校三年生の時、今回と同じ様な課題をしていた自分だ。
  あの時は『与野公園に棲息している生物を調べる』をテーマに掲げ、毎週日曜日の公園に数ヵ月間、足繁く通っていた。思えば自由研究でも危うい、稚拙な取り組みであった。
  今回はそうはいかない。大学生たる人間が自由研究をしてはならないのだ。さすがの赤城も考えを深くする。
  朝に読んだ新聞、視たニュース、聞いたゴシップ、キヨスクの雑誌、電車の中吊り、学校の掲示板。引っ掛かりそうな事柄を片っ端から引き出していく。
  だが悉く滑り落ちていってしまう。他には何が有る。記憶が鮮明な今日のが好ましい。一限の日本史、就活のガイダンス、其の後は―――

  魔女が。

「(!)」
  情景が勝手に再生される。
  憂いた顔の魔女が、此方を見つめて其の内に歩み寄り、自分はヌイグルミを差し出して魔女が微笑む。そして魔女からヌイグルミを賜り、鐘の音が聞こえて魔女は消え去った。
  「・・・・・・」
  赤城は目頭の手を額に当てた。熱くなっていて、頭全体が過熱している様だった。
  手を離し、目線を足元のリュックに落とす。リュックの中には今、握り飯を入れるウッドランド迷彩の布袋と、あの賜ったヌイグルミが少し潰されて入っているのだ。
  「何なんだ、あの人は・・・・・・」
  赤城は見ながら呟いた。人の顔を殆んど覚えられない自分が、鮮明に魔女の顔を浮かべている。従兄弟すら朧気だと言うのに、何故魔女に限ってこんなにも浮かべられるのか。
  おもむろに赤城は出欠表に『魔女』と書き記した。続けて『喪服』、『礼服』、『ヌイグルミ』、『鐘』と付けたし、暫し眺めて教諭に『先生』と声を掛けて提出した。
  教諭は出された物を手に取り、不思議そうな表情で見ている。予測をして心構えをしてはいたが、やはり相手の一声を待っている『間』というのは、心がキリキリと絞まって何故か喉が狭まり、心臓に飛び火して動悸が少し速くなる。
  些細な恐怖に駆られた赤城は「ぁ頭に浮かんだ事を羅列しただけなんですけど」と防御をする。喉を開く過程で躓いて僅かに声が掠れたが、直ぐに戻った。
  発した言葉に続く文言が出ない、だが下手に次を打って不利になりたくはない。あれこれと考えを巡らしていると、教諭が言った。
  「大丈夫かぃ?」
  「はい?」
  「此れらの断片を、次までに固められるかぃ?」
  「・・・・・・か、たまる、と思います」
  「うん?」
  「善処しますッ」
  「うん、解ったぁ」
  教諭はそう言って何故か笑顔になった。元々教諭は無邪気なトコロがあったが、今回の場合は赤城が“此の場しのぎ”とは言え発した『善処』という言葉に、純粋に嬉しくなったのだろう。
  当の赤城は言ってしまった言葉に囚われ、『善処』に向けて磨り減った脳でシミュレートをしていた。
  赤城の基本的な行動原理は『叱責される事への恐怖』である。
  何でやらなかった、何故聞かなかった、どうして尋ねなかった。
  其の様に叱責されるのを赤城は心底恐れる。
  だから赤城は赤城なりに、“先手”を打てる時は打ってきた。ハッキリ言った手前は実行し、何か行動する時は同様の者が居ないか尋ねる。
  例え周りが『叱責しない』と宣誓したとしても、臆病者の権化たる赤城は自身の心に住まう暗鬼に対し、此れからも“先手”を打ち続けていくのだ。
  「じゃあ御疲れさん」
  不意に教諭が放った。
  「・・・・・・それはどういう?」
  「君は今日は終わりだよ」
  「そう、ですか。ではまた来週に」
  「おぅ、頑張れよぉ」
  こういう時、何故か赤城は『撤退しなければ』という気持ちになる。
  赤城にとって家の外は概ねアウェーであり、銃弾林雨の戦地である。だから速やかに席に戻り、鉛筆と消しゴムをペンケースに仕舞い、其れを机上に出ていたプリントが詰まったクリアケースに入れ、立ち上がってケースとリュックを右手で併せて持ち、左手で椅子を戻し、足早に教室から出ていった。
  廊下に足を踏み入れ、教室の扉を閉める。すると幾分か気分は楽になる。少なくとも『第一線』ではない。
  扉の前でクリアケースをリュックに収め、確りと両腕を通して背負うと、赤城は右へと歩を向けた。十五メートル程直進し、コの字に配された階段を下る。そして二階とは逆方向に倍以上の距離を進んで、赤城は再び曇天の下に帰還した。
  ちらと腕時計を見ると、十五時三十五分だった。視線を足元の階段にやって降りながら、大きく溜め息を吐いた。今日は遭遇した出来事が刺激的過ぎて、何時もより八割くらい増量していた。
  ガッコウの外に出ると不意に強めの風が吹き抜けた。今はまだ涼しいが、何れ指の関節に五寸釘を打ち込まれる様な痛みを伴う冷たさになるのだろう。
  赤城は少しだけ思いを巡らし、ガッコウの最寄駅を目指して帰っていった。



   ―――お疲れ様。



  其の様に口が動いた。
  赤城の後方百数十メートルに建つ、チャペルの鐘を納めた塔。其処の天辺に厳かに突き刺さっている大きな十字架の横線の上に、魔女は不敬にも腰掛けていた。膝枕にはヌイグルミが座り、主共々寛いでいる。
  同時に相反して魔女の心は此れ迄に無い期待と、共に遊ぶ者を獲得した喜びで高揚していた。手を当てずとも、高鳴りを良く感じとれる。
  さらに今の魔女の眼には、妖しい輝きが仄かに灯っている。比喩ではなく、本当に光量を持った輝きを放っているのだ。
  其れは幼子の持つ無垢さを帯びてはいたが、刑執行人の様な冷たさが感じられた。ヌイグルミを持ち歩くには不釣り合いな眼力である。
  時を止めて、魔女は声が届く様にした。
  「さぁ、始めましょ」
  魔女はヌイグルミに話しかけると、其れを抱えてフワリと線の上に立った。尻の辺りを軽く払って身支度を整えると、右手を天に向けてフィンガースナップを形作る。
  「心行くままに饗宴を」
  魔女が時間を元に戻し、弾かれた指の破裂音が響く。刹那、足元から眼と同じ色の炎が急激に盛り、一気に魔女を飲み込んだ。
  魔女の全身が瞬く間に灰塵に帰していく。だが魔女は破顔一笑で聞こえない笑い声を上げ、遂に歓喜の頂点に達した。
  そして炎が唐突に弾け、粒子状に変異して霧散した後には、熱せられて昇る空気と、煤に汚された十字架だけが残された。
  嵐の幕が、とうとう開いた瞬間である。

PR
【2012/06/07 20:33 】 | 戦神稲荷 | 有り難いご意見(0)
<<第三話 『開宴』 | ホーム | 第一話 『愚民がチャペルで【前編】』>>
有り難いご意見
貴重なご意見の投稿














<<前ページ | ホーム | 次ページ>>