其の墓石は頂点が四角錐に尖った角柱である。香炉や線香台は無く、墓前には洗米と塩が供えられ、墓石の両側の花器には新しい榊(さかき)が生けられている。
そして墓石の正面に彫られている文字は『荒祈(あらき)家奥都城(おくつき)』とあった。此の墓は神式、つまり神道に則った墓だ。
此処は一般の霊園である。本来、墓地というのは寺の領域に在るため、神道の葬式である『神葬祭(しんそうさい)』で弔うには、一般の霊園等で売られている区画を買って墓を建てなければならない。そうしなければ遺骨を納める場所が無いからだ。
今日は青い空に白い雲が点々と浮き流れ、其れを背にして悠々と一羽の雲雀が飛んでいる。陽射しも穏やかで、風に戦ぐ(そよぐ)草花は何処かたおやかだ。
其処に乾いた音が二回、確りと響いた。
紛う事無き麗らかな日和の下で、伸ばしきった取っ手に中型の木箱を括り付けた、迷彩柄のトロリーケースを傍らに置いた女が、奥都城の前で二礼二拍手一礼をしていた。一見すると場違いな風にも見えるが、奥都城への参拝は合掌ではなく、神社と同じく二礼二拍手一礼で行われるのが正しい。
終えた女は両手をポケットに突っ込み、奥都城を静かに見上げた。
女の眼差しは何処か冷めていた。加えて服装はオフショルダーのオレンジ色のTシャツ、Tシャツの下には黒いタンクトップ、そしてデニムのショートパンツにハイカットスニーカーだった。其れらがポケットに突っ込んだ両手と合わせて、女に粗野な印象を纏わせている。
「五郎八(いろは)御姉様」
『五郎八』と呼ばれた女は僅かにハッとして振り返った。ロングストレートの髪がふわりと膨らむ。
セミショートの髪を持った十代後半と思われる、白のトロリーケースを引いた少女が立っていた。五郎八と同じ木箱を左手に提げている。
白いドレスシャツに藍色のロングスカート、コインローファーという五郎八とは真逆の印象の装いである。顔立ちには幼さが残っているが、真っ直ぐに五郎八を見据える眼は静かな力に満ちていた。
「神集(かすみ)……」
「朝から姿が見えなかったので、心配していたのですよ?」
「別にする事なんて無(ね)ぇだろ。話も別れも昨日の内に済んでんだし、後はさっさと発つだけさ」
「もぉ、五郎八御姉様ったら。心配していたのは私だけでは無いのですよ? 御父様と御母様は勿論、雅月(みづき)さん達だって……」
「へいへい、悪かったよ。後で反省してたって言っといてくれよ」
五郎八は左手の小指を左耳に入れながら『神集』と呼ばれた少女の小言を遮り、再び奥都城に向いた。どうやら五郎八が纏っている印象は服装のせいではなく、生来の性格や言動に因るものの様だ。
神集は五郎八の行動に『むぅ』と多少頬を膨らませたが、別段気分を害した訳でもなさそうだった。
神集は慎ましい足取りで五郎八の隣に来ると、同じく奥都城を見上げる。
「……磨いて下さったのですか?」
奥都城の表面に付いた幾多の水滴を見つけ、神集が訪ねた。
「何時帰って来れるか、分かんねぇしな」
五郎八が答えると、神集も二礼二拍手一礼で参拝をする。神集が終えるのを見計らい、奥都城を見ながら五郎八が口を開いた。
「不思議な物(もん)だよなぁ」
「え?」
神集が五郎八を見る。
「此処に有(あ)んのは只の『骨』なんだ。肝心の祖霊(それい)は『霊屋(たまや)』の方に居るってのに、どうして拝んじまうんだろうな」
「……祖霊の憑代(よりしろ)だった事への畏れ故に?」
少しの思案の後に神集が答える。しかし五郎八は賛成も否定もせず、無言だった。尤も答えを知りたくて五郎八は口に出したのではない。独白に近いものであったし、機会を見計らったのも神集の参拝を妨げぬためである。
神集も知ってか知らずか、其れ以上尋ねる事はしなかった。
「行くぞ」
徐(おもむろ)に五郎八はトロリーケースを摑んで踵を返し、霊園の出口へと進んでいった。神集も小走りで後を追う。
「んで? 塵(ごみ)砂漠だっけか?」
トロリーケースのキャスターの音で神集との距離を推測しながら、振り返らずに五郎八は尋ねた。
「ゴビ砂漠です。塵だなんて、其の土地や住む人々への礼を失しています」
「ワザとじゃねぇって。砂漠に興味が無ぇだけだし」
「だからと言って―――」
「あぁもう、勘弁してくれっ」
先程の様に五郎八は左手の小指を耳に入れ、歩調を速めた。元々歩幅が大きいため、神集との差がみるみる開いていく。
「五郎八御姉様ぁ!」
神集がトロリーケースの取手を摑むか細い右手に力を込め、必死で先頭を行く五郎八を目指した。やがてキャスターの音は遠ざかり、また雲雀の声が戻ってくる。
こうして五郎八と神集の荒祈姉妹は、故郷に暫しの別れを告げたのだった。
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