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無数の流れは地下に這わされ、人々からは遠ざけられて隠れされている。 |
其の波は、東北の都にも及んでいた。 主要な道路に停められている幾多の車は軒並み破壊され、炎と煙が上がっているのも少なくない。 加えて其処らに散乱する人間の残骸と、口元を血で汚して其れを貪るイナゴ擬きと怪物という『化け物』の群れが闊歩する様は、『地獄変』の言葉が相応しかろう。 『子孫が千代まで栄える様に』と名付けられた此の都も、今は見るも無惨な状況であった。 今現在、空には蒼い月が煌々と昇っている。ビルの屋上で注がれる月光を一身に浴び、魔女はヌイグルミを膝に乗せ、血染めの迷彩柄のヘルメットを手に取って眺めていた。 化け物の群れが飛来する前から、通達を受けていた此の地の自衛隊が迎撃の構えを取っていた。そして怪物が都の土を踏むと、直ちに火蓋が切られる。 自衛隊員達は良く訓練されていて勇敢で、実に統率が取れていた。 だが彼らの持つ小銃から放たれた銃弾は、怪物の外骨格の上を跳ねるだけで、逆に怪物の神経を逆撫でてしまう。 化け物の群れは自衛隊員達に突撃し、ある者は怪物に殴られて胴体を真っ二つに千切られ、ある者は其れの火炎に焼かれて消し炭となり、背後からイナゴ擬きに襲われて骸と化したりもしていた。 そんな状況に於いても、六人の自衛隊員が一匹の怪物の複眼に銃弾をフルオートで集中させ、軈て其の奥に在る脳神経球を破壊した。 怪物が地に伏した瞬間、自衛隊員達は雄叫びを挙げる。 『複眼を狙う』という対処は瞬く間に広がり、複眼以外に腹部を撃つ者も自然発生した。 最終的には乗ってきた装輪装甲車の上部に付いている、自動式の擲弾銃で面攻撃を行って機先を制し、其処に銃弾を浴びせるという手段が主流とする。 確かに擲弾銃の威力は目覚ましく、イナゴ擬きは当り所が良ければ一発、そうでなくとも二発で殺せる。怪物に対しても、肘や膝の関節に当たれば動きを鈍らせられた。 其れでも化け物の物量と勢いは如何ともしがたく、結果として押された自衛隊員達は生存者を率いて後退。防衛線を築き、次に備えて現在に至る。 魔女がヘルメットを、下から優しく放り投げた。 ヘルメットはスローリーに放物線を描く。頂点に達した所で魔女の指鉄砲から放たれた、たった一発のショッキング・ピンクの微小な光弾が、ヘルメットを忽ち(たちまち)に粉砕してしまった。 ビルの真下に居た化け物の群れは、空でショッキング・ピンクの閃光が炸裂したために其れまでの行動を止め、空に眼を向ける。 魔女は眼に灯りを灯しつつヌイグルミを抱え、眼下の群れを目掛けて微笑みながら飛び降りた。 |
始まりは一九年前、アメリカのカリフォルニア州とネバダ州の堺に突如飛来した謎の隕石であった。
隕石は全長二〇〇メートルにも及ぶ規模にも関わらず、周辺の大地はおろか街にすら大きな被害を出さずに“着陸”したのだ。 後の調査で地面に触れる寸前にスピードが落ちていたという事実が判明したが、此の時点では誰も思いもしない。 そして事態は動き出す。大地に突き刺さっていた隕石が突如として破裂すると、中から常識を覆す巨大な怪物が現れたのだ。 直後に『巨獣』と呼ばれ、『ゴリアテ』と名付けられる此の怪物は、人間とティラノサウルスを足した様な姿で二足歩行をし、首根っこから尻尾の末端に掛けて、揺らめく蒼いプラズマ・ジェットの様な背鰭を幾つも備え、一三三メートルもの身長を有していた。 ゴリアテは肩慣らしの如く活動を始める。口から吐かれる直線状の超温熱線は恐ろしい威力で進行ルート上を焼き払い、全身からは超温熱線波動を放出して周囲を崩壊させた。 最初は両州軍の連合部隊が迎撃を行った。だがゴリアテは足元に群がる戦車や自走砲、自身に集る航空機を事も無げにあしらい、砲撃やミサイルが直撃しても傷一つ負う事無く、悠々と西へ歩を進めていく。 事態を重く見たアメリカ大統領は、陸・海・空・海兵隊の四軍に対して非常事態宣言を下し、直ちに此れ等をゴリアテに差し向けた。 州軍とは比べ物にならない装備から繰り出される火力を浴びせても、ゴリアテは進行速度すら低下しなかった。寧ろ増えた戦力に比例してアメリカ側の損害は嵩んでいき、ゴリアテにダメージは無い。 『世界最強』と謳われたアメリカ軍が容易くあしらわれる様子に、人々は戦慄を覚え、悲壮な空気が生まれていた。 日が暮れて月が昇り、軍は態勢を立て直すために一旦戦場から退いた。一方のゴリアテは歩みを止めず、街の残骸を自らの後に築いていった。何時の間にか背鰭は翠へと変わっており、全ての其れから同色の粒子が吸収されている様だった。 ゴリアテによる被害を、国連は『急迫不正の事態』として正規国連軍の編成を採択する。此の決断は人類の総力戦を意味していた。 やがてゴリアテは北太平洋に進出。待ち構えていた正規国連艦隊を視認すると、背鰭は蒼に戻った。 艦隊は全力で迎え撃つが抵抗虚しく、九割にも及ぶ艦艇がゴリアテの吐き出す“光の奔流”の前に没していった。 最早人類に猶予無く、斯様に非常識な存在を葬るには『核』すら止む得ず。現場となく、上層部となく、そんな声が上がり始めた矢先。其れは“やって来た”。 最初に気付いたのはゴリアテの方だった。遠方に漂う巡洋艦に浴びせようしていた超温熱線を、突如として自らの直上に放ったのだ。 超温熱線は分厚い雲を射抜き、其の遥か先の標的に命中した。標的は数秒程耐えていたが、次の瞬間には超温熱線の軌道を曲げて往なすと、ゴリアテ目掛けて火炎の奔流を見舞ったのだ。 火炎に飲み込まれる寸での所でゴリアテは海に潜り、海面をバリアとして火炎を防いだ。 水蒸気爆発の爆風によって激しく揺さ振られる巡洋艦は転覆を免れようと必死で、同時に艦橋ではゴリアテが狙った標的を捕捉していた。 其処には蒼と紺色を基調とし、『鬼』と『鎧武者』を合わせた様な姿をした“巨人”が浮いていた。真っ直ぐに大海を見下ろし、やがて緩やかに降りていくと水面のほんの僅か上で止まった。 事態の把握に努めていた艦橋からの観測では、“巨人”の頭頂高は一〇〇メートル。そして同存在を便宜的に『オーガ』と名付けた。 水上のオーガは背中に二つ、両脹脛に其々一つずつの推進器を噴かしながらも、不動にして辺りに静かな『圧』を放ち、一分(いちぶ)の隙も感じさせない。艦橋員の中にはオーガに畏怖して竦んで(すくんで)しまっている者も少なからず居た。 琴線の如く張り詰めていた海上の空気は、艦橋のレーダー員が海中の動体を関知すると同時に破られた。ゴリアテがオーガの真横に飛び掛かり、瞬時に向いたオーガが自らの右腕の肘から先を発射して、ゴリアテの右眼を周りの肉ごと抉り、かつゴリアテ自体を遠方へ殴り飛ばしたからだ。 右腕は肘側からの噴流で空中を高速で飛翔し、其れが戻ってくる最中にオーガは両眼に光を集めると、接続と同時にゴリアテに高出力ビームを照射した。 しかしゴリアテは、抉られた箇所から血を流しながらも超温熱線波動でビームを防ぎ、超温熱線を放ってきた。オーガは慌てる事も無く、超温熱線はオーガの手前に発生した“白い空間”に阻まれて到達しなかった。 オーガが攻撃を防ぎきると、オーガの両手の間の空気が激しく渦巻いた。 次にはオーガが両手を前方に突き出し、猛烈な勢いで横倒しの竜巻が放たれた。竜巻は周囲の海を削りながらゴリアテに到達すると、其れを巻き込んで斬り付けつつ空高く舞い上げる。 オーガはゴリアテを見上げると、右拳に力を込めた。拳に二、三度電気が這ったかと思うと、次には拳から凄まじい雷が放出された。空中のゴリアテは至る箇所を斬られたからか鈍重で、超温熱線波動を出さずに雷に撃たれて爆炎に包まれた。 爆炎に照らされた巡洋艦の艦橋から、初老半ばの艦長は呆然としてオーガを見た。 正規国連軍が敵わなかった相手にたった一体で立ち向かい、此れを見事に沈黙させた存在を目の当たりにして、艦長は静かに震えていた。 だが震えを更に増す出来事が起きる。空中の爆炎が吹き飛び、衝撃波が海上の全てに降り注いだのだ。船体が軋んで幾多の大きな亀裂が走り、艦橋の窓という窓が割れ、内部に黒煙の混じった潮風が流入する。オーガも多少たじろい様子だ。 割れた窓に駆け寄って外へ顔を出した艦長が見たのは、重力に引かれて落ちてくるゴリアテだった。先程の衝撃波は超温熱線波動だと思われるが、威力が今までよりも増している。 あまつさえゴリアテの傷は治癒し、抉られた眼も再生していたが、眼の周りの皮膚には小さくない傷痕が残っていた。加えて、背鰭は真紅に染まっている。 続けざまにオーガに放たれた超温熱線は波動と同様に強化されていて、“白い空間”でも防ぎきれずにオーガは傷を受けた。 体勢を崩し、オーガがゴリアテから一瞬気を反らした隙に、ゴリアテは“急加速”して一気にオーガを海に押し倒した。 二体は没して舞台は海中深くに移ったのだが、巡洋艦のレーダーやソナーは先程の超温熱線波動で完全に破損してしまっていた。 だが目視であっても、海中の爆発や衝撃、海流の激しいうねりが伝わってくる。血とも油ともつかない液体が海を染めていき、軈て海は静寂を取り戻していった。 静寂が戻って数時間後。艦長を含めた乗組員全員は、救助に駆け付けた輸送艦に移乗して海域を後にする。 終結後、此の出来事は『巨獣事変』と呼ばれ、世界を大きく変える事となったのだ。 事変直後から暫くは、人々の間で隕石や流星を恐れる風潮が支配し、後に語る“今”に於いては大分落ち着いてはいるが、其れ等を不吉と捉える心理は残った。 軍事の面でも『宇宙軍を組織して迫る隕石全て排除すべし』などという主張が一定の幅を利かせていた。無論、眼に見えない程に小さく、大気と摩擦で燃え尽きてしまう物も含めると隕石は毎日降り注いでいるのだ、出来る訳が無い。 ゴリアテが入るであろうサイズの隕石を落下前に破壊する事も、今の軍備では不可能である。質量の桁が違い過ぎるのだ。軌道を変えるにしても同様である。 事変後の調査ではオーガとゴリアテが消えた海底には未発見の海底火山が在り、其れの横っ腹には不自然な穴が出来ていたが、其れ以上は不明。結局、オーガとゴリアテの生死を断定出来ず、人々は更に不安を募らせた。交戦したのが艦艇と艦載機だけではあったが、正規国連軍が歯が立たなかったという事実も拍車を掛け、世界規模で国連に替わる新たな安全保障の形が叫ばれる事態となる。 此れを受けて国連は常任・非常任を問わない、全国連構成国を交えた会議を行い、遂に国連を発展解消させた組織として『WEUO(World Everlasting Unity Organization 世界恒久統一機構)』が誕生する。 WEUOの誕生によって世界から『国』という枠組みは消滅し、世界はアジア・ヨーロッパ・北アメリカ・南アメリカ・アフリカ・オセアニアという六つの方面(エリア)に区分し直された上で一つに統一された。そうして人類は来るべき時に向けて力を建て直していき、“今”へと戻って話は進むのだ。 |
「ぃあぁぁぁぁぁ!」
虚勢一発、イクスは左方通路を全力疾走する。百メートルを七秒で走破するスピードを発揮し、ひたすらに突破だけを考えて突き進んだ。 しかし肝心のイナゴ擬きは外界を遮断して肉を咀嚼する事に務めており、決意が徒労に終わっている事をイクスは知るよしも無い。 突き当たりの壁に半ばショルダータックルを当てる形でスピードを殺し、素早く左の下り階段へ身を投じると、イクスは今来た道を壁越しに慎重に見た。追撃者はゼロだ。 「うしっ」 イクスは下を目指す。全力疾走後ではあるが、息は全く乱れてはいない。程無くしてホームへと着いたイクスは、下に向けていた視線を上げて双方の路線に電車が到着しているのを確認した。 「やべっ!」 車内の窓や床は、ぶちまけられた血やへばり付いた肉片で埋め尽くされていた。其れを見てイクスは慌てて下からは見えない位置まで階段を戻り、僅かな壁の隙間から階下を観察する。 車内を彩っているのは乗客達の成れの果てだろう。イナゴ擬きや怪物は視認出来ないが、乗っていないとは断言出来ない。線路を歩いて行けばとイクスは思っていたが、此所はホームの末端近くである。電車が停まっているとなれば、地下の時の様に行動しなければならず、しかも今回はエンカウントが必至と想定された。 「・・・・・・無理だ」 イクスは線路を諦めた。階段を昇って最初と同じ様に全力疾走した道を見る。まだゼロだった。 ちらと眼をやった先は、噴水に通じる改札口である。赤城が休日に王宮駅に来た時に使う物で、実は改札を出て左へ進むと東口に降りる階段が有るのだ。現状を鑑みるに、出口は其処だけだ。 「やったらぁな・・・・・・!」 イクスは行動に移した。姿勢を低くしつつも可能な限りの速度で改札を目指し、手前で軽く跳んで目標を越えた。直ぐ様真横に移動して壁づたいにカクカクと動き、壁の終わりまで来ると左眼の隅の奥に映る窓を定めて駆けた。 窓の前でイクスは止まった。目当ての階段は直ぐ右手だ。だがイクスはそちらに向く事無く、窓の外を眺めて動かなかった。 眼下のロータリーに転がるタクシーとバス。幾つかの車両からは火があがり、黒煙が立ち上っていた。アスファルトの地面は広範囲が赤く染められて、少なくない死体の残骸が見受けられる。案の定、結構な数の怪物達が跋扈していた。 けれども、怪物達に混じって少なからずの人間達が居る。いや、『人間の形をした者達が居る』と言った方が正しかった。存在達は怪物に臆する事無く立ち向かい、善戦している様に見える。良く良く眼を凝らすと死体の他に怪物の死骸が確認出来た。死体と思っていた物の中にはイナゴ擬きの死骸も紛れている様で、イクスは呆気に取られた。 「何が居んだよ・・・・・・」 状況を把握しようと、外に意識を傾け過ぎたのがいけなかった。危機がイクスの背後にまで迫っている事に気付けなかったのだ。 「ギュアアアアア!!!!!」 「げっ!?」 振り返る途中でイクスは怪物に首を掴まれ、猛烈に壁に押し当てられて其れを突き破った。飛び散る壁の破片を伴い、イクスは怪物と共にタクシー乗り場の庇を破壊して地面に激突した。 「むげっ! むげぇ!」 イクスは首を怪物に強く押さえ付けられて動けない。体感的にはV字に曲がっている気が犇犇とするのだが、其れは杞憂に過ぎない。 怪物がイクスの首から手を離して、拳を打ち据えようと勢い良く振りかぶった。 バシュンバシュンバシュン! 突如立て続けに響いた発砲音。怪物に三発の淡灰色のビーム弾が直撃し、脇腹が穿たれた。 「ギュア゛!?」 怪物が慌ててビーム弾が飛んできた方向を見るのと、二つの白い物体が突撃を敢行したのが同時であった。 「ドラァ!」 「セェイ!」 セセラギは引き金を立て続けに引き、幾多のビーム弾が怪物の体内を引き裂いた。 |